甲斐武田を探検っ!!

       神明神社(穂坂三ノ蔵)

 

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史跡・関係地名:神明神社(穂坂三ノ蔵)

住所:山梨県韮崎市穂坂町三之蔵

場所のわかりやすさ:○

駐車場:○

説明板:×

売店:×

地図:

 

関係人物:小畠日浄など

<小畠氏?>韮崎市穂坂町三ノ蔵にある神明神社です。屋根?には山梨県内では当然のように武田菱。それはさておき、古くから地域に大切にされている神社であることは間違いなく、雰囲気たっぷりの神社です。

 

 

こちらの神明神社、「甲斐国社記・寺記」によると天文年間(1532-55)の修造。また、由緒書などによると修造した人物は小幡入道日城。ということは、海津城副将小畠虎盛の父、小畠日浄盛次のことになります。彼は遠江出身で信虎の代に子の虎盛を連れて来甲。永正九年(1512)武田家に仕えます。そして足軽大将として信虎の甲斐統一に参加し、永正十五年(1518)逸見の今井信是(今井信元父)と戦い討死しています。・・・と、明らかにつじつまが合わない部分があります。1518年に死去した盛次が1532-55年の間に神社を修造できませんからね。ちなみに子の小畠虎盛は延徳三年(1491)もしくは永正二年(1505)生まれだと言われており永禄四年(1561)に病死しています、出家し法名は日意。虎盛っていう感じにも思えませんよね。

ちょっと気づいてしまったんですが、このあたり前述した日之出城がありまして。その城跡からとって地名が日之城と呼ばれています。神明神社修造者は小幡入道「日城」です。なんか何かのはずみ?で日之城(ひのじょう)→日城(ひじょう→にちじょう)→小幡日城(にちじょう)となった感が・・・。もちろん実際に小畠氏が関係しているのかもしれません。当時の所領なども考慮していませんし。逆に小畠日浄からこのあたりの地名が日之城になった・・・とは、考えづらいと思います。

いろいろ考えてしまいましたが、武田氏に関する話の残る神社。こうやって想像し妄想しっていうのも楽しいですよね!

周辺の甲斐武田氏関係地:新府城跡日ノ出城など

参考文献など:甲斐国志・甲斐国社記寺記など

<2007/11/25 2011/12/12リニューアル>