甲斐武田を探検っ!!

 

市川八幡神社 堀越十郎家宣産湯の井戸

 

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堀越氏、八幡太郎義家の次男義国の子義重から六代経て義賢が堀越姓を名乗ったことが始まりだと言われています。

その後、家系は義賢-直義-直重-重定となり、この堀越重右衛門重定が武田氏に仕え、さらに定義-昌重と続くのだとか。昌重は武田氏の御能係をつとめ、さらにその子秀雄は武田の陣営などで能を披露して面目を施しています。そして十郎家宣につながるのですが、この家宣は歌舞伎の初代市川團十郎(1660年生まれ/幼名は海老蔵)の曽祖父だといわれています。永禄十二年(1569)三増峠の戦いで戦功をたてた家宣は甲斐八代郡上野(現市川三郷町上野)に百五十貫、知行を賜ります。市川家の家紋が枡を三つ重ねたモノになっているのは、三増峠からきているなどという話もあります。一条信竜に仕えますが、武田家滅亡をうけ浪人。その後現在の千葉県に移ったのだそうです(甲州郷土と人/佐藤森三編)。

 

 

八幡神社には堀越家宣の産湯に使用したと伝わる古井戸が残されています。そして家宣の出生地は、ここ市川八幡神社のすぐ西方なのだとか。この辺りは現在、市川三郷町役場・市川高等学校などがあり、市川三郷の中心地となっています。

神社拝殿前に、説明板があります。また、駐車場ですが一応停めることができる場所はあるのですが、不安な場合、近くにローカルスーパーがありますので、そちらをどうぞ・・・(帰りがけになにかお買い物をしたら、ダイジョウブですよね、きっと?/笑)

 <2007/10/17>