甲斐武田を探検っ!!

 

堀切

 

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御勅使(みだい)川にかかる堀切(ほりきり)橋。左上の写真は橋から上流を、右上は橋から下流側(釜無川合流地点)を写したものです。

御勅使川はまとまった雨が降ると激流と化し、かつては流域に被害をだしていました。また、堀切橋の下流で御勅使川が合流する釜無川も、甲府盆地内部に流路を頻繁に変えていました。武田信玄はこの川の流れを整えれば、より甲斐国内(特に甲府盆地ですね)の農作物生産量が上がるだろう・・・と目をつけ、河川整備に取り掛かったのだと伝わります。堀切は石積出し将棋頭で流れをかえた御勅使川の流れを整えるため、信玄の命により釜無川西岸の河岸段丘を掘ったものだとか。

 

最近の研究により、堀切は自然地形ではないか?といわれているようです。人工的な感じに見え、こんな大掛かりな工事を行ったのは信玄公しかいないはず・・・というのがどうやら答え。ただ、この周辺は武田信玄が水防に力を入れていた場所。竜王の新しい街づくりなど、古文書が残されています。

説明板・案内板も周辺には多く設置されておりますので、自動車を近くにある御勅使サッカー場に駐車し、歩いて甲府盆地の水防の歴史を見てまわるのもよいと思います。

富士山が綺麗だった冬の一日でした。

 <2009/2/21>