甲斐武田を探検っ!!

 

本能寺 虎王丸墓

 

史跡一覧へ

人物一覧へ

トップへはこちら→

 mk008

「新歴史群像シリーズ・闘神武田信玄/学習研究社」の武田勝頼の項をパラパラ読んでいると、諏訪頼重の遺児「虎王丸」の墓と伝わる所が鰍沢町箱原の本能寺にあるとのこと!

これは!!と思い、鰍沢町HPを探すとありました!ってことで、さっそく探検にでたのでした!

鰍沢は江戸時代になり富士川舟運で賑わいをみせた町です。その舟運の中心地よりもう少し南に箱原地区があります。本能寺は箱原集落の南側奥(国道52号=「みのぶ道」沿いから見て)にあります。ちょっと先を見ると国道52号があり、車の行き来がよく見えるんですが集落内は、とてものどか。すれ違う方々も「こんにちは」と気さくに声をかけてくれました。これだけでも嬉しいですよね!

さて、本能寺に着いて、境内に入っても虎王丸らしきものは見当たらず・・・・境内を左にでてすぐの細い道?を境内裏にむかうと・・・・山なんです。けど、よーく目を凝らすと、もの陰に隠れた「虎王丸」発見!

虎王丸(寅王丸)は諏訪頼重の嫡男です(母は信玄妹)天文十一年(1544)4月4日生まれ。甲府の東光寺で頼重自害後、彼は武田氏に「諏訪家後継者」として利用され、諏訪攻略戦にかつぎ出されます。

 

その後はよくわかっていませんが、信玄四男勝頼が諏訪氏後継となり「諏訪四郎勝頼」を名乗っていますよね?虎王丸のほうは、その必要性もなくなり、かつて滅ぼした一族の血を引いているので危険視もされたんでしょうか。この地で武田氏により殺されてしまったとの言い伝えが残っているそうです。信玄暗殺を企て、失敗し殺されたとも言われているとか・・・・

虎王丸墓の五輪塔「一石五輪塔」です。江戸初期のものだそうで、鰍沢町の文化財に指定されています。

 

虎王丸墓

<2006/10/22>