甲斐武田を探検っ!!

 

法華寺 武田左馬助信繁夫人墓碑

 

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こちらのお寺を知るきっかけになったのは、管理人お松様の「武田氏とそのゆかりの人たち」というホームページでした。武田氏好きにはとても参考になるホームページです。ぜひ、ご覧になってみてください。

またお松様、イロイロ気を使っていただき、ありがとうございました。(2007/2/2)

 

山梨県内に典厩信繁の関係する場所ないのだろうか?と、思い探していましてやっと見つけたのが、甲府市北部の通称「山の手通り」に面しているこちらのお寺「法華寺」の武田信繁夫人の墓碑です。

山門の横に駐車場があるのですが、くれぐれも前の道を右折して入ろうとしないで下さいね、周囲の大ヒンシュクだと思います。甲斐市方面から走って頂くのがよいとおもいます。甲府駅北口から行こうとすると「右折」になってしまいますので注意。

養周院殿の墓碑は本堂左の墓所にありました。説明版・案内板などの部類は探した限りではなく、何か情報を得るということを期待すると、少しつらいのかもしれません。彼女ですが、どういう血筋・関係の方かわかっていないそうです。また、特に何か特別なことをしたということも残されていません。

限られた情報の中ですが、信繁夫人はこちらの「法華寺」の開基であること。そして、織田徳川軍の侵攻時信濃小諸城で嫡子信豊とともに自決したということ。そのことがわかっています。

ちなみにこちらのお寺は江戸時代、徳川将軍家の祈願所だったそうです。近くには武田神社などの武田三代の史跡が数多く残されています。それらをまわる中で、お邪魔させていただく・・・という形になるのでしょうか。

夫、信繁の菩提寺は現在の甲斐市竜地にありました。そう今は廃寺になってしまっています・・・

 

武田信繁夫人墓碑

法名は養周院日藤尊尼。2種類あるみたいですね、本堂寄りの碑には「慶長十三年」と彫られ、もうひとつには「天正十壬午 三月・・・」と刻まれています。

 <2007/1/18 2009/4/13修正>