甲斐武田を探検っ!!

 

平賀源心の墓

 

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武田信玄初陣の逸話として、よく話の中に出てくる「信濃海ノ口城主平賀源心」のお墓です。

場所は国道141号(佐久往還)から一本東に入った道沿いです。甲府方面からですと中央自動車道の高架をくぐって一つ目の信号を右折、そのまま道なりに北へすすむと右手に左の写真のような看板出てきます。ただし逆方向からですとこの看板見えないんですよね。きっと思いっきり通りすぎると思いますので御注意ください(お墓自体が少し奥まった場所にあり、さらに民家と民家の間にあります)。駐車場はないので悩んだあげく、近くのローカルスーパーに。

 

 

天文五年(1536)、武田信玄(当時は晴信)は初陣として父信虎とともに信濃海ノ口城を攻めますが、守りが堅く落ちる気配がありません。信虎はあきらめ、撤退しようとしますが、晴信は殿(しんがり)を申し出、さらに策略により海ノ口城を落とします。父信虎に報告しますが、喜びもされず逆に怒られる始末。落胆した晴信はこの地に討ち取った平賀源心の首を埋葬したんだとか。

というのが、大まか?な話なのですが、どうものちに創作された話らしいのです。では、この「平賀源心の墓」はナニ??ということになります。謎ですよね!こういう謎はウキウキしてきます(笑)

 

 

左の写真、一番左が平賀源心のお墓です。写真たくさん撮ったんですが、ちゃんと撮った写真が見当たらず・・・・申し訳ないです、また雪が溶けたら行ってきます(笑)真ん中の写真はお墓前の道を須玉IC方向に向いて撮った写真。雪が降るとこんな感じですよ、ということで・・・・

ちなみにこちらのお墓は「首」を埋葬した場所なのだとか。「胴」は長野県に埋葬したと伝えられる場所が実在しています。

あまり雪が降らない山梨県なんですが、トキドキ降るとなかなか溶けなかったりしますので念のため御注意ください。

 <2007/1/6>