甲斐武田を探検っ!!

 

姫ヶ淵

 

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天正十年(1582)三月、武田勝頼は現景徳院境内で織田軍に討ち取られ、武田家は滅亡します。彼と離縁しようと思えばできたはずの正室、北条氏。彼女も勝頼・信勝とともにこの地で自刃します。彼女に従った侍女16名は淵に身を投げ殉死したと伝わり、後にこの地を姫ヶ淵(またはお姫淵)と言い伝えるようになったのだそうです。

今、その地は景徳院などの駐車場となっていますが、脇に大和村(現甲州市)により建てられた大きな石碑があります。

 

左上の写真、道を挟んで景徳院があります。そのすぐ右には首洗い池

ちなみに侍女が身を投じた淵は日川。勝頼らの最後の激しい戦い後、3日間川の水が血の色に染まっていたと伝わり、三日血川と呼ばれました。

周辺は武田勝頼最期の地ということで、多くの史跡・伝承地が残ります。じっくり見てまわり、武田勝頼を感じてみてください。

 <2009/2/25>