甲斐武田を探検っ!!

 

日枝神社(山王権現)

 

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甲府市上曽根にある、日枝神社のご紹介。

中央自動車道が近くを通って、甲府南インターが近くにありますので、比較的行きやすい場所ではないでしょうか?神社には駐車場が見当たりませんでしたので、自分は中央道下に駐車しました。

甲府盆地南部の上曽根地区、ここを拠点にして活動していた一族といえば、地名からもおわかり?の通り「曾根氏」。隣の下曽根には「下曾根氏」がいます。こちらの神社は山王権現ともいい、天文十年(1541)の山王権現棟札に曾根中務大輔虎長・曾根守経・曾根源右衛門尉長元が、天文十七年(1548)の同権現棟札に虎長・曾根孫次郎勝長・曾根孫助虎吉の名が見えます。

 

・曾根虎長 享禄四年(1531)3月、栗原氏攻めで討死した三河守縄長の嫡子です。

・曾根守経、長元 詳しくは不明です。

・曾根勝長 「孫次郎」という名前や活躍時期から、信玄に我が両目のごとしなどと称された内匠助昌世だと考えられています。昌世は信玄の側で真田昌幸とともに小姓でしたが、やがて三増峠合戦などで活躍、足軽大将になります。更に勝頼の代になると駿河興国寺城の守将となります。武田家滅亡時には織田家に降服、やがて徳川家に仕えますが、最終的には蒲生氏郷に仕えています。会津若松城は彼の縄張り?とも噂される人物ですよね。

・曾根虎吉 こちらも詳しくは不明です。ただし年代的、棟札の状態から見て虎長の子供?と思われています。

 

かつては境内で流鏑馬神事が行われていたそうです。上右の写真、ちょうどこの場所らしいです。

 

 

  

棟札は拝見することはできません。現存しているのでしょうか?それすらわかりません、勉強不足を露呈・・・

なかなか曽根氏の関係するもの、ありませんね。特に著名な曽根昌世、自身の子供が義信事件に連座して殺されたことから、武田家に対し恨みを抱き、早くから織田家に通じていたのでは・・・などと、チョットグレーな人物像もあり個人的に興味をそそる人物であるのですが。

 <2008/9/11>