甲斐武田を探検っ!!

       御坂城

 

 史跡一覧へ

 人物一覧へ

 トップへはこちら→

ff065

史跡・関係地名:御坂城・御坂峠

住所:山梨県笛吹市と富士河口湖町

場所のわかりやすさ:△

駐車場:△(麓に・・・)

説明板:○

売店:×

地図:

 

関係人物:北条氏忠など

<天正壬午時の城>御坂路(鎌倉往還)が通る御坂峠。武田勝頼滅亡後織田信長も死去すると、徳川氏・北条氏などの甲斐武田旧領争奪戦、いわゆる天正壬午の乱時が勃発します。甲斐の領有化を企んだ北条氏政は弟の北条左衛門佐氏忠を大将としてこの地に城を築き、甲斐国中地方攻略の足がかりにしようとします。しかし、兵数で劣勢のはずの徳川軍、甲斐武田遺臣を多く味方につけ、地の利を活かした戦いを行なうなどで北条軍を苦しめます。徳川と北条は結果的に和睦することになるのですが、甲斐の国中地方(甲府盆地)は徳川領となります。

 

今も鎌倉往還は残り、登山道として利用されていますので、せっかくなので今回は御坂トンネル富士河口湖町側から旧トンネル方面に曲ってすぐの登山道(かつての鎌倉往還)で1時間強かけて登りました(反対の御坂町側の鎌倉往還は凍結しており断念・・・)。

「図説山城探訪」によると、城は往還を挟む形に造られています。今は営業していない茶屋のあたりが大手。しっかりと峠を監視できます。

 

城の遺構は長さ600m・幅150mにおよぶ大規模なもの。現在休業中の茶屋の場所南西側に主郭部があります。そこには三日月堀(左上写真)もあります。さらに進むと長い堀と土塁が延び、虎口が残されているようです。

往還を挟んだ北東側にも遺構があります。

 

北条氏が造り、明治時代戊辰戦争時の使用も考えられている御坂城ですが、極めて重要な峠を見張る施設は北条氏以前から存在したと思うほうが自然でしょうね。

城や鎌倉往還の河口湖側からは富士山と河口湖がよく見えます。

今回は雪があり落ち着かない探検になってしまいました・・・。次は雪がない季節にじっくり観察してみます。

周辺の甲斐武田氏関係地:御坂路・河口浅間神社など

参考文献:甲斐国志・図説山城探訪16集/宮坂武男・武田氏年表信虎信玄勝頼/編武田氏研究会・アタック山梨百名山/編集山梨日日新聞社など

<2012/12/25>