甲斐武田を探検っ!!

       檜峯神社

 

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史跡・関係地名:檜峯神社

住所:山梨県笛吹市御坂町上黒駒

場所のわかりやすさ:△

駐車場:○(専用駐車場あります)

説明板:△

売店:×

地図:

 

関係人物:武藤左衛門五郎政国・小幡昌盛など

<天正壬午と檜峯神社>天正十年(1582)三月に甲斐武田氏滅亡、同年六月には織田信長も本能寺に倒れます。甲斐などを統治していた織田家臣河尻秀隆は武田旧臣に討たれてしまい、旧武田領は周辺戦国大名の草刈場となります。甲斐(現山梨県)は北条氏・徳川氏が手を伸ばしてきます。北条氏は甲斐南東部・北東部から侵攻を開始し、甲府盆地内の特に東部の武田旧臣などは北条方につくものが出始めます。しかし、甲斐国志によると檜峯神社の神主であった武藤左衛門五郎政国は徳川方に組し、鳥居元忠軍の先頭に立ち、さらには地の利を活かしてゲリラ戦を展開した模様で、兵数において劣勢であった徳川方を黒駒合戦において勝利に導いたと言われます。

<柵を開けて神社へ・・・>さて檜峯神社ですが、山の中にあります。河口湖方面からですと、国道137号を走り、目立つとは言いにくい「檜峯神社」の看板に沿い左折。甲府方面からですと交通量が多く、スピードを出している自動車ばかりの場所を右折することになり危険ですので、一度通りすぎてUターンしてきたほうがよいと思います。左折した道を山に向かい走ります。

 

しばらく行くと「猪除けの柵」。看板には大栃山登山口と記されています。こちらを開けて通過してください。「猪除け」ですから通った後は必ず閉めてくださいね!

 

林道を進むと道路左側に鳥居があります。さらに進むと、檜峯神社駐車場に到着。山の中にあるにもかかわらず、大きな駐車場・トイレ・拝殿・本殿などなど。ちなみに駐車場は近隣の大栃山・神座山・釈迦ヶ岳などに登る方々も停めますので意外と満車に近い状態であったりします。

 

甲斐国志によると天正壬午の乱の際、鳥居元忠が太刀一振りを檜峯神社に奉納したようです。その鳥居元忠率いる徳川軍はこの周辺に陣を構えたとも言われています。

 

上黒駒地区にも檜峯神社の鳥居があります。ここからは右の写真のようにリニアモーターカー関連施設が間近で見ることができます。

<小幡昌盛と武藤氏>武藤左衛門五郎政国の娘は小幡昌盛の妻と伝わります。甲陽軍艦では、天正十年織田徳川軍に攻められた武田勝頼が新府城を焼き笹子に向かっている途中、甲斐善光寺門前で小幡昌盛と再会しています。小幡昌盛はこのとき重病であり最後まで勝頼のそばにいれない事を詫びたといいます。小幡昌盛はその後、所領の「黒駒」に帰ったとされています。「黒駒」はそう、この檜峯神社があるところなのです。

周辺の甲斐武田氏関係地:御坂路など

参考文献:甲斐国志・天正壬午の乱/平山優・アタック山梨百名山/編集山梨日日新聞社・御坂百話/弦間耕一など

<2012/12/16>