甲斐武田を探検っ!!

       龍沙山清道院

 

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史跡・関係地名:臨済宗向嶽寺派龍沙山清道院・武田信成館(赤甲城)跡・武田信成夫人墓所

住所:山梨県笛吹市八代町北

場所のわかりやすさ:△

駐車場:○

説明板:○

売店:×

地図:

 

関係人物:武田信成・武田信成夫人・武田信春など

<武田当主の館>武田信玄の八代前の甲斐武田氏当主(信成-信春-信満-信重-信守-信昌-信縄-信虎-信玄)、武田刑部太夫安芸守信成の館跡現清道院です。甲斐国志では武田信守館跡とも伝えます。

応永五年(1398)三月十八日、武田信成が信濃遠征の最中、居城である赤甲城は敵に攻められ落城。夫人は館内の井戸に身を投げたと伝わります。信成の子信春は応永十七年(1410)、母の菩提寺として屋敷跡に清道院を建立したと伝わります。なお信成は応永元年(1394)に、信春は応永二十年(1420)に死去しています。

 

  

夫人が身を投げたという井戸(武田信成公夫人身投げの井戸)も残されています(右上写真)。更に井戸横には武田信成手植えと伝わる松も残されます。

 

井戸の近くには武田信成夫人の墓所があります。現在館の土塁跡にあるので、後年移されたのでしょうね。清道院に伝わる夫人の法名は「清道院殿春山妙栄大姉」。

<土塁跡と堀跡>

 

館跡と伝わるように清道院周辺には土塁と堀跡が残されます。清道院右手の周囲に比べ僅かに高い果樹園は土塁跡。左手の墓地も土塁跡と思われます。写真にはありませんが、西方には土塁跡・堀跡も確認可能です。山梨県史によると、東西約80m、南北約106mの館跡となっています。

 

周辺の甲斐武田氏関係地:小山城奴白氏館跡など

参考文献:甲斐国志・日本城郭全集5・山梨県史など

<2012/3/18>