甲斐武田を探検っ!!

       法城山観音寺

 

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史跡・関係地名:臨済宗妙心寺派法城山観音寺

住所:山梨県笛吹市石和町市部

場所のわかりやすさ:△

駐車場:○

説明板:○

売店:×

地図:

 

関係人物:武田信成・武田信春・武藤喜兵衛など

<武田とともに>観音寺はかつては天台宗で甲斐国有数の寺院であったとか。応安六年(1373)甲斐守護であった武田信成が臨済宗に改め開基となり、開山は三河今川基氏の子仏満禅師と伝わります。以降武田家からの保護を受け、本堂には武田信成と子の信春の位牌が安置されています。武田信成法名「継続印殿雪窓光公大禅定門」で応永元年(1394)六月十三日死去、武田信春法名「護国印伝華峯法春大禅定門」で応永二十四年(1417)十月二十三日死去と伝わります。

なお甲斐武田氏は、信成-信春-信満-信重-信守-信昌-信縄-信虎-信玄-勝頼と続きます。

 

 

甲斐国志によると、観音寺三世は法久と言う人物で武田信春の庶子であったと伝えます。また、「山梨県の武田氏伝説」によるとその法久の時代に観音寺は焼失してしまいますが、信玄の時代になると、武藤喜兵衛(後の真田昌幸)が奉行となり観音寺を再建したと伝えます。

 

境内には武田氏のものと伝わる五輪塔・宝筐印塔が数基残されているとのことですが、よくわかりませんでした。右上の写真でしょうか・・・。

武田家滅亡の天正十年(1582)、観音寺は織田軍により焼失しています。そして、この地は笛吹川の近くということもあり水害が多発してきました。様々な苦難を乗り越え、現在に至っている観音寺です。笛吹市役場の西方にあり、役場前の笛吹川河川敷では、春は川中島合戦絵巻、夏には花火大会が行われます。楽しい催しとともに訪れてみてはいかがでしょう?

周辺の甲斐武田氏関係地:石和八幡神社・高坂弾正生誕地など

参考文献:甲斐国志・山梨県の武田氏伝説/笹本正治など

<2012/3/1>