甲斐武田を探検っ!!

       迎冨士浅間神社

 

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史跡・関係地名:迎冨士浅間神社(ムカエフジセンゲンジンジャ)

住所:山梨県笛吹市御坂町金川原

場所のわかりやすさ:○

駐車場:△

説明板:○

売店:×

地図:

関係人物:武田信玄など

武田信玄にまつわる言い伝えが残る神社のご紹介。

<富士?冨士?>看板では「富士浅間」ですが、説明板では「冨士浅間」。深い意味はないのですが、今のところはよくわからないので説明板にあわせます。説明板によると文亀元年、当時水害の頻発で疲弊していたこの地域住民が中心になりこの地に祀られた。祭神は「木花開邪姫命(このはなさくやひめのみこと)」、婚姻・安産・子育てなどの神様であるとか。

また、永禄七年(1564)甲斐武田家が西上野(現群馬県西部)を攻略している年になるのですが、言い伝えが残されておりそれによると、「武田信玄が富士山に参詣しようとしたときに、ここの塚の上で休憩をとっていたところ、富士の神札が舞い降りてきたので大いに喜び、ここkに富士浅間神社を迎え勧請しべしとしたので、そのまま神社名になった」のだとか。

 

迎冨士浅間神社は鎌倉街道沿いにあります。古くより甲斐と駿河・相模などを繋ぐ道として利用されており、当然甲斐武田軍も利用しています。なので、武田信玄の話がしっかり残されていたりするのでしょうね。写真左は石和方面、右は御坂峠方面です。少しでも歩いてみると、道周辺に様々な石仏があったりと、これも楽しめると思います。

 

 

拝殿がある場所は周囲より高くなっています。今はコンクリートや石で周囲を覆われていますが、当時から元々高くなっていたと考えられており、かつては古墳・富士塚であったと考えられています。説明板によると延宝二年火災により、本殿・拝殿などが焼失したのですが、その修復時、石積みを行ったと記されています。

迎冨士浅間神社の道向かいには大きな石碑が、それによると日蓮上人(碑には立正大師)がこの地で休憩した場所なのだそうです。武田信玄もこの地で休憩したと伝わっています。休憩の場所として適所であったのでしょうね。

周辺の甲斐武田氏関係地:御坂路広厳院など

参考文献など:新武田氏年表-信虎信玄勝頼/武田氏研究会・甲斐国社記寺記・甲斐国志など

<2011/5/29>