甲斐武田を探検っ!!

       筑前原塁

 

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ff046

史跡・関係地名:筑前原塁(堀田筑前宅・東原土塁とも)

住所:山梨県笛吹市一宮町東原

場所のわかりやすさ:△

駐車場:×

説明板:×

売店:×

地図:

関係人物:大井摂元・堀田筑前など

<堀田筑前の館跡>一宮町内を走る勝沼バイパス北側の甲斐奈神社(橋立明神)東に雑木林がありますが、そこが「筑前原塁」。現在一部宅地になっていますが・・・。甲斐国志には「堀田筑前ノ宅址 東原村林部ニ筑前原トテ方五町許ノ塁アリ」と記され、堀田筑前の関係する地として記されています。皆さんは「堀田筑前」、どのような人物かご存知でしょうか?自分もわかりませんし、皆さんもわからないはず。堀田筑前は事績が伝わっていません。ただ筑前原塁と、隣接する泉正寺に弥太郎薬師という石仏があり、それは堀田筑前の家人風間弥太郎なる者を祀ったと伝わっているのみ(甲斐国志古跡部)です・・・

 

  

<一体誰が?なんのため?>筑前原塁は古くから存在が知られており、奈良時代の遺跡・先述の堀田筑前など多くの説があるのですが、今もっとも妥当とされているのが、甲斐奈神社に関連する人物たちの屋敷跡。それと武田家滅亡後勃発した、徳川対北条の旧武田領の取り合い、いわゆる天正壬午の乱時に北条方についた甲斐奈神社別当大井摂元の対徳川の防御用城砦跡などではないかということです。北条方についた大井摂元は徳川方の先手、穴山衆に敗れ滅亡しています。一族滅亡したので、筑前原塁も忘れ去られていった・・・ということでしょうか?

筑前原塁のある雑木林内には土塁跡などがありますが、私有地?なので今回は(当たり前なのですが)踏み入っていません。山梨県史資料編7によると、1983年土塁の調査が行われ基底部で列石などが確認でき、中世初頭〜室町時代にかけての年代のものと判明しています。なお、土塁跡の一部は筑前原塁北側を走る道路からも確認できます。

周辺の甲斐武田氏関係地:甲斐奈神社(橋立明神)一宮浅間神社など

参考文献:天正壬午の乱/平山優・山梨県史資料編7・甲斐国志など

<2011/4/10>