甲斐武田を探検っ!!

       伝 雨宮摂津守屋敷跡

 

 史跡一覧へ

 人物一覧へ

 トップへはこちら→

ht039

史跡・関係地名:伝 雨宮摂津守屋敷跡

住所:山梨県笛吹市一宮町末木

場所のわかりやすさ:×

駐車場:×

説明板:×

売店:×

地図:

関係人物:雨宮家国・雨宮家次など

<末木の雨宮氏>「甲陽重家録」などによると、雨宮氏の墓所のある臨済宗妙心寺派瑞光山長昌寺(ちょうしょうじ)のすぐ北側周辺が雨宮摂津守屋敷跡と呼ばれているところです。国道20号から長昌寺前を抜ける道路が南北に走っていますが、その道の左右となっています。地域では十兵衛屋敷あるいは武家屋敷とも呼ばれているのだとか。屋敷址にはかつて「姥穴」と呼ばれる石室(石室なので古墳か?)があったようですが、現在は不明です(見た感じではわかりませんでした、少し文献で調べましたがわかりませんでした)。こちらの場所は甲斐国志に記載されていますが、実際に「ココ」がゼッタイと言い切れるものではないので「伝」をつけさせていただいています。

雨宮摂津守家国は明応年間(1492-1500)に信濃よりこの地に移住して、武田家に仕えます。当時の武田当主は信縄であったり信虎であったはずです。家国の孫とも曾孫とも言われる十兵衛家次は信玄そして義信に、最後には勝頼に仕え長篠にて戦死しています。多くの武功をあげた人物で重臣らからも一目置かれていた人物でした。

 

なおこの地は、武田氏が滅びてから現在に至るまでかなり所有者が変わっているようで、完全に当時の状況はわからなくなっています。ただ、今も周辺に雨宮摂津守家国の御子孫と思われる「雨宮」姓の方々が多く住んでいらっしゃいます。

直接雨宮氏を感じることは難しいのですが、長昌寺と周辺の雰囲気から雨宮氏を感じ、近隣の観光農園で山梨を味わってみましょう。

周辺の甲斐武田氏関係地:慈眼寺長昌寺一宮浅間神社など

参考文献:武田氏遺臣の研究/早川春仁・甲陽重家録・甲斐国志など

資料など提供下さった早川様、ありがとうございました。

<2010/7/20>