甲斐武田を探検っ!!

       花鳥山

 

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史跡・関係地名:花鳥山(はなとりやま)/穴山氏・南部氏の古戦場/花鳥山一本杉など・・・

住所:山梨県笛吹市御坂町竹居・八代町竹居

場所のわかりやすさ:○

駐車場:◎

説明板:△

売店:×

地図:

関係人物:穴山伊予守信永・南部氏など

 

<桃の花と南アルプス>笛吹市八代町と御坂町にまたがる花鳥山。「桃源郷」と称される山梨の春を一望できる地として人気があり、4月上中旬には多くの観光客で賑わいます。こちらからの写真は「甲斐武田を探検っ!!」のタイトルページにも使用しています。近年、駐車場や公衆トイレも整備され利用しやすくなりました。

<鼻取山>花鳥山は、この地を領していた穴山信永が大永三年(1523)南部某と戦い敗れた場所と伝わり、合戦で討死した者の鼻や耳を削ぎ、この地に塚を築いたことから「鼻取山」とも呼ばれていたのだとか(甲斐の伝説/土橋里木)。その南部某は芦川を抜け鳥坂峠から奇襲、穴山信永はこの地で花見をしていましたが慌てて小山城に逃げたとも伝わっています(ふるさと誌/御坂町教育委員会)。しかし小山城でも持ちこたえられず、近くにある常楽寺で自刃したといいます。南部氏は元々武田氏と同じ甲斐源氏です。南部某は甲斐から東北地方に移住した南部氏と同じ系統だと言われています。

<穴山一族>穴山信永という人物ですが、穴山信君(梅雪)の祖父甲斐守(信風もしくは信綱)の兄弟といわれています。信永は穴山氏の別家で、この地を領します。甲斐守は穴山宗家として甲斐の河内地方を領し、後年穴山信君(梅雪)が継いでいます。ただし信風周辺の穴山氏については、史料などが多く残されていないようで、細かい事柄はあまりわかっていません。

 

<若彦路>花鳥山近くには「若彦路」が通ります。日本武尊(やまとたけるのみこと)がこの道を通って甲斐に入ったとされ、そこから若彦路と名づけられたと伝わっています。なお2010年「若彦トンネル」が開通し、甲府盆地と富士河口湖方面を繋ぐ道が新たに増えました。御坂路(国道137号)ほどまっすぐではありませんが、個人的にはナカナカ利便性の高い道だと感動しています。

そのように古くから開けた道の近くということもあり周囲には遺跡が見られ、花鳥山周辺の桃畑などにも何気なく土器のカケラが落ちていたりします。畑の中に入るのは「NG」ですが、チョット覗いてみるのも楽しいかも知れません。

周辺の甲斐武田氏関係地:小山城跡・広済寺・常楽寺など

参考文献:武田信虎のすべて・新編武田信玄のすべて・穴山武田氏/平山優・甲斐の伝説/土橋里木・ふるさと誌他

<2010/4/15 2011/2/25リニューアル>