甲斐武田を探検っ!!

 

円蔵院 穴山伊豆守信友墓所

 

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穴山信友。武田氏滅亡時、早くから徳川家康に通じていたとして山梨県内ではあまり(かなり?)評判のよくない信君(梅雪)の父親です。正室は武田信玄の姉南松院殿です。信友は武田信虎・信玄時代の人物で、土地柄今川氏とも当初は友好関係にあったようですが、後に信虎に従うようになっています。また武田家中での評判もよく武田家のよき協力者であり、親族衆筆頭であったようで信友の子信君には信玄の娘(見性院殿)が正室となり、武田家と濃い姻戚関係となっています。そのような状況から武田氏が滅亡したあと、信君の嫡男勝千代(信治)に武田氏の名跡を継がせます。

 

ということで、南部町の円蔵院。梅雨時行ったんですが、墓所のまわりは昼でも薄暗い感じで、雰囲気でてますよねー。ただ、「蚊」には注意してください!かなりたくさん・・・・円蔵院は河内地方(山梨県の身延や南部ら辺)のなかでも有名な寺院です。ナビなんかにも出てるし、一般の地図にもでてますよ!場所的にも難しいところはないです!近く着いたら、お寺っぽい場所に向っていけば着くかと。思いっきり雑な説明で申し訳ないです・・・・

信友は永禄元年(1558)冬頃信君に家督を譲り、永禄三年(1560)57歳で死去します。

 

 

 

 

 

 

←ちょっと素敵な場所だったんで、才能のない写真撮影本能?(笑)に火がつきまして、気取ってなんとなく雰囲気ありそうな写真撮ってみたり(笑)

 

穴山伊豆守信友墓

法名「円蔵院殿創工義鉄大居士」。

しっかりしたお墓です。さすがに河内地方領主ってかんじですかね?重みが違います!

<2006/8/11>