甲斐武田を探検っ!!

 

円通寺 依田出雲守義忠墓所 

 

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依田出雲守義忠墓

形状などから、室町時代末期の宝篋印塔と推定されているそうです。もとは違う場所にあったものをこちら(本堂裏)に移したんだそうです。町指定の文化財になっています。

 こちらは彼の子孫の方が明治時代に建てたものらしいです。

 

みのぶ道(国道52号)は富士川の右岸を走っているのですが、円通寺は富士川左岸にあります。普通は利用しない道なので、ちょっと新鮮な気持ちで行くことができました。自分の車のナビが古いからでしょうか?周辺の道路がしっかり案内されていなくて一度通り過ぎてしまいました。が、山の中って所ではないのでお寺の方向にとにかく向かえばたどり着けると思います。

依田出雲守義忠ですが、もとは信濃小県郡の人だそうです。武田氏の信濃攻略により、武田氏に仕えるようになりました。信玄の代に武功を重ね、恩賞として、ここ宮木の地に所領を賜りそして円通寺の開祖となり出家したそうです。ちょっと資料が乏しいんですが、彼は後に駿河江尻城を防備し、武田氏滅亡時には伊豆に落ちていったそうです。

本堂の裏に大きいお墓があります。その斜め後ろに古い(?)お墓あります。左の写真のような位置関係(わかりずらいですね)。

また、敷地の南側には住居跡もあるらしいんですけど、いやぁ素人にはまるでわかりません!

身延周辺ですと、どうしても日蓮宗総本山「久遠寺」ってなってしまうんですが、いろいろ穴山氏関係など史跡あります!久遠寺も武田氏とは深いかかわりあるんですけどね・・・・チョット広い視野?で見るとさらに身延周辺も楽しみ広がります!

 <2006/11/30>