甲斐武田を探検っ!!

 

延寿坊

 

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南巨摩(こま)郡身延町にある延寿坊(えんじゅぼう)です。日蓮宗総本山久遠寺のすぐ近くになります。

山梨県の南部はかつては河内(かわち)と呼ばれており、武田氏の時期にそこを領していたのが穴山氏でした。駿河と接しているため、武田信虎により甲斐が統一されるまでは武田氏と今川氏にはさまれ、苦しい立場であったようですね。

さて、穴山氏で有名なのはやはり信君(もしくは梅雪斎不白)ですよね。天文十年(1541)に伊豆守信友の子として誕生します。勝頼期には親族衆としてかなり大きな発言力を持っていたようです。

武田家滅亡時にはいち早く徳川氏に通じ、山梨県人にはあまり良い印象を持たれていない人物です。

・・・前置きがとても長くなりました(汗)その穴山信君の娘、「延寿院殿妙正日厳大姉」の菩提寺がこちらの延寿坊です。天正三年(1575)12月1日、身延山弟十五世日敍上人を開祖として開創されたのだとか。

境内、特になにかがある・・・ということではないのですが。「延寿院殿」もまだまだ勉強不足でよくわからず・・・。また勉強して報告しますね!

 <2007/8/18>