甲斐武田を探検っ!!

       江原浅間神社

 

 史跡一覧へ

 人物一覧へ

 トップへはこちら→

 ma011

史跡・関係地名:江原浅間神社/御手洗の池

住所:山梨県南アルプス市江原

場所のわかりやすさ:△

駐車場:△(路上駐車)

説明板:○

売店:×

地図:

関係人物:下条長勝・下条信俊など

 

<大井の郷と浅間神社>合併前は旧甲西町、江原地区にある江原浅間(えばらせんげん)神社です。この地区の周辺は稲作が盛んで、大井の郷総鎮守であるこの浅間神社で古くから五穀豊穣を祈願していたのだとか。本殿は江戸時代前期の建築で南アルプス市の市指定文化財となっています。さらに、石鳥居の向かって右側には小さな池があります。「御手洗(みたらい)の池」と呼ばれ、以前はとても大きな池であったそうです。そのため「大井」の地名の由来となっています。大井とは湧水の豊富な場所を指す地名なのだとか。

 

<下条氏について>さて、神社には棟札が残されています。

・文亀四年(1504) 地頭、下条兵部少輔入道長勝   再建

・永禄八年(1565) 武田信虎家臣 下条信俊      修復

・延宝八年(1674) 徳川綱重家臣 藤枝丹波守方孝  重修

永禄八年の下条信俊。「武田信虎家臣」とありますが、信虎はもうこの年には駿河に追われています(天文十年/1541の出来事です)ので、なぜ?と思ってしまいますね。ところで笛吹市にある美和神社には、江原浅間神社棟札と同年の永禄八年武田義信寄進「二之宮造立帳」が残されています。ここには義信、松尾信是に次いで、下条弥四郎信俊の名があります・・・と、いうことは、彼は義信派?・・・というような簡単な話にはならないのでしょうが、イロイロ想像して勉強してみるとまた楽しいと思います。

ちなみに下条氏ですが、武田信玄の妹が嫁いだ信濃伊那地方の下条信氏は有名です。彼の一族はもとは甲斐源氏であろうと考えられています。浅利信種の弟という説もある下条讃岐も元亀二年(1571)、甲斐府中六方小路に住んでいることが確認できたり。江原浅間神社の「下条氏」との関係はハッキリしませんが、下条氏もイロイロ複雑な歴史がありそうです。

神社には説明板がありますので、それも参考にしてみてください。駐車場は・・・あるのでしょうか?周辺の道に広い場所があったので、適当に停めてしまいましたが。

周辺の甲斐武田氏関係地:飯田河原合戦供養板碑・慈照寺・信玄堤など

参考文献:武田信虎のすべて・山梨県の武田氏伝説・甲斐国志・南アルプス市広報他

 <2008/6/19 2010/3/2リニューアル>