甲斐武田を探検っ!!

 

長慶寺 笛吹権三郎墓所

 

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長慶寺は永禄二年開山。武田信虎家臣飯島左衛門尉一義とその子が深く関係しているそうです。「飯島左衛門尉一義」という人物、すみません、ちょっとよくわからないです。

立地ですが、春日居町小松地区。近くには、かつて「甲斐の三大難所(万力御勅使川・近津)」と言われた近津(ちかつ)があります。ですので昔から頻繁に水害にあっていた地域ではないでしょうか。

 

その昔、子酉川(ねとりかわ)上流に落人の親子が住んでいて、子の名前を「権三郎」と言ったそうです。母親をとても大事にしていましたが、天正五年(1577)七月の豪雨により、母が行方不明になってしまったんだとか。必死に川沿いを笛を吹きながら探したそうですが、なんと権三郎も川に流されてしまいました。数日後、小松地区あたりで遺体が見つかり、ここ長慶寺に葬りました。以来、子酉川は「笛吹(ふえふき)川」と呼ばれるようになったそうです。さらには近年、平成の市町村合併で「笛吹(ふえふき)市」も誕生しました。

あまり武田氏と関係ないんじゃ・・・・イヤイヤ、天正五年ですから。武田氏の時代に(しかも月まで明記してあるんですからすごいもんです)このようなことがあったかも・・・・って、想像してみるのいいですよね。たしか、上流のほうにも笛吹権三郎のお墓があったはずです。また、調べておきます。

 

 

笛吹権三郎墓

<2006/10/28>

石和温泉街の真ん中を流れる近津用水です。ご覧のように綺麗に整備され、下流の農業用水などに利用されています。

こちらの用水路沿いには桜が植えられており、春には花を咲かせ、温泉客や花見客を楽しませています。

<2006/11/3 追加>

 

山梨市三富上釜口には笛吹権三郎の像が建っています。

権三郎はこの辺りに母親と住んでいました。が、子酉川(現笛吹川)に流されてしまいます。今でも周辺の人は権三郎が身につけていた不動明王を供養しているんだとか。

確か、こちらにも墓所があったはずなんですが・・・また、宿題ということで。

<2007/4/19 追加>