甲斐武田を探検っ!!

       瑠璃山鎮目寺跡

 

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<史跡・関係地名>瑠璃山鎮目寺跡

住所:山梨県笛吹市春日居町鎮目

地図(別ウインドーになります)

場所のわかりやすさ:×(保雲寺の南方です)

駐車場:×(保雲寺に・・・)

説明板:

売店:×(近隣は果樹園)

<関係人物>鎮目惟真・鎮目惟明など

<甲斐の中心>笛吹市春日居町、このあたりは古くから栄え、甲斐の中心であったようです。地名で国府(こう)、さらには山梨県内で一番古い寺院寺本廃寺、「山梨県」の地名の由来となったとも言われる山梨岡神社などがあります。武田氏が勢力を拡大する中でも重要な地であったらしく、周辺には武田信虎祖父武田信昌墓所のある永昌院、信虎の父信縄の聖徳寺、そして信虎誕生屋敷など多くの史跡が残されています。

曹洞宗瑠璃山鎮目(ちんもく)寺は養老年間(717-724)創建と伝わります。残念ながら明治五年(1874)に廃寺となっていますが、古刹であり、鎌倉時代には執権の北条氏から将軍職を追われた惟康親王が武田家を頼り、ここ鎮目寺に暫く滞在したのだとか。

ところで、江戸初期の佐渡奉行鎮目惟明はこの地の出身と伝わります。惟明の父惟真は信玄・勝頼に仕えますが武田家滅亡後隠居します。その後、子の惟明は徳川家に仕えます。彼は同じ武田遺臣である大久保長安がつとめたことでも有名な佐渡の金山の経営を任され、佐渡奉行の中でも名奉行として名が知られています。惟明の墓所は佐渡にありますが、父惟真は鎮目寺に葬られたと伝わります。ちなみに、惟真の妻は甘利虎泰の娘と伝わっています。

 

鎮目寺跡には駐車場はありません。近くの保雲寺に停めて歩いて行きましょう。また、寺院跡には笛吹市の建てた案内板があります。

右上の写真は鎮目寺と保雲寺との位置関係。手前が鎮目寺跡、葡萄畑をはさみ中央付近の林が保雲寺です。奥の山は山梨百名山のひとつ、兜に似ているからという理由で名づけられたと伝わる兜山です。

<ドコの棟札?>春日居町誌によると鎮目寺に残された棟札は2枚あると言われ、甲斐武田家の重臣などが記されています。

「当守護 源朝臣晴信・鎮目七郎右衛門家次御子息泉千代丸・甘利備前守虎泰・向山参河守虎継・板垣駿河守信方」

「当大守 源朝臣勝頼・甘利三郎次郎信恒・同理転禅定門・鎮目左衛門尉隠居入道高善済・山県源四郎昌満」

とありまして、泉千代丸と左衛門尉隠居入道高善済は同一人物で惟真であると言われています・ここには「板垣信方」と記されていることから、彼の実名が「信形」でなく「信方」であると決定づけるモノの一つになっています。信方はもちろん、向山氏・甘利氏・山県昌満(昌景嫡子)などが登場しているところもなんともすばらしくはありませんか?

当主晴信のほうですが、春日居町誌ですと「鎮目寺」なのですが、武田氏年表では「長谷寺」として紹介されています・・・。さらには山梨県史には「大蔵経寺云々・・・」とも。ここはまた調べていきます。

周辺の甲斐武田氏関係地:長谷寺跡保雲寺山梨岡神社など

参考文献:甲斐国志・武田氏年表信虎信玄勝頼/武田氏研究会・甲斐国社記寺記・山梨県史など

<2011/5/23 2011/6/11リニューアル>