甲斐武田を探検っ!!

 

広誓院

 

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甲府盆地西部の南アルプス市にある広誓院(こうせいいん)です。

ほどよく山にすすむとある。そんな感じでしょうか?境内のカヤの木が樹齢500年を数える巨木でして、その木への案内板を頼りに行きました。ただ、正面から行くと駐車場が・・・・あるのでしょうか?ちょっとわからず、裏手にまわり墓地に停めさせていただきました。

こちらのお寺は文亀元年(1501)6月創建とされています。ちなみに同じ年の9月、武田信虎の父信縄の時代(祖父信昌も健在で、父子で争い甲斐が乱れていた時期です)伊勢宗端(北条早雲)が甲斐に侵攻、武田氏と衝突しています。先ほど少し触れた「カヤの木」、樹齢500年ですので創建時から当然武田氏の興亡を見守ってきた木ということになります。

広誓院は天正九年(1581)、秋山紀伊守の祈願所と定められたお寺なんだそうです。特に境内などにはその説明はないのですが・・・・

秋山紀伊守は永禄五年(1562)武田勝頼に付けられた侍大将八人※のうちの一人です。信濃諏訪地方との関わりが深い人物だったようです。伊奈郡の司令官として活躍しますが天正十年(1582)の武田氏滅亡時には田野まで従い、敵方の菅沼又五郎に討ち取られたと言われています。

※勝頼付侍大将八人衆:秋山紀伊守・跡部右衛門尉昌忠・阿部加賀守宗貞(勝宝)・小田切孫右衛門尉・小原下総守・小原丹後守継忠・武内与五左衛門・向山出雲守

 <2007/5/6>