第七話 初デート(2)

 

 元町は、この界隈では一番賑やかで華やかな街だ。メイン通りには、県内一の、一越デパートがあり、その周りにアーケードを持つショッピング街が東西へ伸びている。

 まさにファッションの街。私はここに来るだけで、気持ちが華やいでくる。

 山下君は、地下の駐車場に車を止めると、

「さあ、タマと初デート。いくぞ」

 と笑って、助手席の私に手を差し出した。カアッと顔が熱くなったが、はにかみながら彼の手を取った。

 今日は特別な日。引っ込み思案な私では、彼を困らせてしまう。「楽しみにしてた」と、言ってくれたのだから。

 車から降りて、私はそのまま、彼の手を握り締めた。今日は山下君のカノジョみたいに笑っていよう。

 


 日曜日の街は、歩くのも妨げられるほど、買い物客で混んでいる。車の進入してこないアーケード街は、川の流れのように人が歩いている。

 私はいつの間にか、人波に押されて、彼の腕にすがり付いて歩いていた。

「流石に、元町はすごい人だね。店を見て歩くのも大変だ」

 山下君は、私の掴んだ手をしっかり小脇に挟んで、人をよけながら歩いてくれる。

「ねえ、どんなプレゼントを考えていたの?」

「う〜〜ん。実はわからない。いつも、本ばっかりだったから、変わったものがいいんだけど」

「高校生だよね、妹さん。どんな感じの人?」

「そうだな……。ずっと病気だったから、小さくて細くて。そうだな、タマみたいな感じかな。身長もかわらないと思うよ」

「え? 私みたい?」

 彼は、見上げた私にこくりと笑って頷いた。私は、何だか、その妹さんに急に親しみがわいてきた。正直なところ、山下君の妹なら、すごい大人っぽくって、奇麗な人だと思っていたから。

「ねえ、身につけるものはどう? アクセサリーとか、髪飾りとか」

「ああ、それはGOODかもなあ。ほとんど外に出ないから、おしゃれもしないし、アクセサリーなんて一つも持ってないよ」

「そっかあ……。じゃあ、可愛いのプレゼントして、手術が終わったら、それをつけてどこかに出かけようよ。私、誘ってみるね」

 山下君が、急に立ち止まった。そして私に、嬉しそうに微笑みかけた。

「ありがとう、タマ。妹、喜ぶよ、絶対……」

 きゅんと胸が音を立てた。重い病気の妹を思いやる彼の優しさが、痛いほど心にしみこむ。

 ひとりっこの私には、兄妹の愛情はわからないが、きっと本当に強い絆が結ばれているのだろう。こんな兄がいたら、きっと妹だって、病気に負けたりしないと思えた。

 

 私達は、アクセサリーの店を、一軒一軒見て回った。高校生でもつけられる可愛いイヤリングとペンダントを探して。

「山下君! 見て見て! すごい高価! すごい、ダイヤ入りのチョーカー」
「ばっか! 高いの知ってて言うなよ。俺、花屋の店員だよ。こんなの買えるか」
 ショウケースの向こうの店員が、花屋と聞いてブッと噴出した。誰が見ても山下君と花屋はミスマッチだ。
「失礼な奴!」
 ふて腐れる彼を見て、私も噴出してしまった。彼が私に唇を突き出したので、また笑ってしまった。
 プレゼントを探しながら、私達はふざけ合い笑い合い歩いた。私は何かから解放されたような気分で、気楽に話をしている。それは、彼がとても明るく気さくに私に接してくれるからだと思う。

 
 私達は、人通りに隠されてしまうような小さなアクセサリーの店を見つけて、入ってみることにした。可愛いアクセサリーがショーケースの中に綺麗に並んでいる。
「ねえ、山下君。これ可愛くない? イヤリングとペンダントのセット」
 イヤリングは、パールが一つはめ込まれて、それにカスミソウのような ちいさな花がまわりを飾っている。ペンダントは、パールの粒がチェーンについていて、トップには三つの粒が、同じく小さい花に埋もれていた。小さな花がとても緻密で、可愛いと思った。

「あれ? うん、ホントだね」

 二人で顔を寄せ合い、食い入るように見ていたが、山下君は ガラス越しに指をさして、私を振り返った。

「そう。可愛い感じだから高校生でもできるよ」
「可愛いなあ。OK! タマが気に入ったんなら、これにしよう。きっとマキも気に入る」

 彼は少し照れたように、咳払いをして、

「この、色違いの白いセットはタマにプレゼントするよ」

と、言って、もう一度ガラスを指差した。

「え?……
「付き合ってくれたお礼!」
「でも……。あの、合計してみた?」
「うっ!」
「私は良いよ。 妹さんのだけ買って」
「だめだ! 男に二言はない。すみません。この中のお願いします」
 はらはらしている私を尻目に、彼は手をあげて店員を呼んだ。  そして、二つの箱に綺麗にリボンを掛けてもらい、大枚の代金を払った。
「ホントに大丈夫?」
「明日からヒキコモリになるから、心配すんな」
「ええっ! だめだよ、そんなあ!」
 私は顔を引き攣らせて動揺した。本当に学生には高すぎるくらいなのに、私の分まで買ってしまって、私は嬉しさよりも、心配が先にたった。
「ははは……。おまえ、可笑しいなあ。杉がからかいたくなるの、分かるわ!」
 声を上げて笑いながら、彼は私の頭をポンと叩いた。
「あの、でも、山下君……
「カズミでいいよ」
「え、カ……カ、カカ……。うっ! だめ! 言えない!!」
 どもってしまって、思わず口を両手で押さえた。
「やっぱ、おまえ可笑しい!」
 山下君に大うけだった。声を上げて笑うこんな彼を、大学の誰が知っているだろう。笑顔が眩しくて素敵だった。


「笑いすぎて、のど渇いたなあ。」
 私達は、通りに面したガラス張りの明るい喫茶店に入った。ライトなテーブルには、カップル達が静かにお茶を飲み、心地良いB.G.M.が流れている。窓際の陽が差し込むテーブルに案内され、冷たいコーヒーをたのむ。
「はい。タマ!」
 と、山下君は先に買ったリボンの箱を、私に差し出した。
「あ、だめよ。妹さんに渡してから……
「いいよ。つけてみて。見てみたい」
「ありがとう。本当に嬉しい! 男の人にプレゼントもらうの初めて!」
 私は、緊張しながらリボンを解いた。サテン地のリボンはスルりと解け、蓋を開けると、あの可愛いセットが差し込む陽にキラキラと輝いている。私は、小さなイヤリングを片方取って耳につけた。山下君はその様子をじっと見ている。彼の黒い瞳は微笑んで、とてもやさしかった。
「うん。すごい可愛い!」
「ありがとう。大切にする」

赤面する私に微笑みながら、 山下君は、コーヒーを口に運んだ。そして、

「タマ、初めてって彼氏いなかったの?」
 と、黒い瞳を大きくして尋ねてきた。
「はは……。残念ながら」
「ふうん。まあ、そうだろうなあ。あんなに杉がべったりじゃあ、誰も近づかないよ」
「違うの。私、引っ込み思案で男の子と話すの苦手だったから。杉君はからかいに来るのよ。腐れ縁だしね」
「へえ」
「あ! そういえば、杉君から誕生日にプレゼント貰ったことがあるよ。中3の時!」
「なんだ、俺二番目じゃん」
「そう! 亀よ亀!」
「カメ……?」
「うん。生きた亀よ。まだ、うちで生きてるよ。わすれてた」
 山下君は、ぶっと突然噴出して
「お、おまえ達、ダサすぎる」
 と、テーブルにうつ伏して笑った。

 昨日までの私は、こんな時間が来る事など、考えたこともなかった。
 二人だけの時間。二人だけの会話。こんなに自然に話しが出来る男の人がいるなんて……
 
ましてや、杉君の事まで笑って話している。
 今日の私は、何かの魔法に掛かっているのかも知れない。山下君の魔法に……

 

 お茶を飲んだ後、また賑わう街を、二人で歩いた。何だか、もう自然に彼の腕に、自分の腕を組んでいる。

 私はふと、心臓が悪いという彼の妹の事が気になった。

「山下君、妹さん、今日も病院で貴方を待っているんじゃないの?」
「ああ。でも、今日はタマとデートだって言ってあるから……。ごめん。気にしなくていいよ。よし! 波止場まで歩くか」
「いいの。私は十分楽しかったし……。買い物も済んだんだし、マキさんのところ行ってあげて。きっと寂しがってる。せっかくの日曜日だもの」
 山下君は私の顔をじっと見つめた。少し大きく開いた澄んだ瞳に捕らえられて、胸がドキドキした。
 それから、ふっと表情を和らげて言った。
「タマありがとう。嬉しいよ。ごめんな、余計な気を使わせて……。じゃあ、よかったら妹に会ってくれる? 病院でデートってのも変だけど、俺、もう少しおまえと一緒にいたいから」
 私は、コクリと頷いた。そして、彼の言葉をかみ締めた……
 おまえと一緒にいたい――この一言だけで、私は満足だった。

  
 マキさんは、県内の大学病院に入院していた。ひとりで来たら、きっと迷ってしまうくらい、何棟も建物が建っていて、流石に巨大な病院だった。
 途中で花を買って、広い病院を山下君に案内され病室に向かった。
「突然行って、大丈夫かな」
「うん。今日は体調も良いって言ってたから。同じ位の友達もいないし喜ぶと思うよ」
 循環器科病棟と書かれたプレートを通り過ぎて、一番廊下の奥まったドアの前で彼が立ち止まった。
「ここだよ」
 緊張した私の背中を押して、病室の扉をノックして開けた。
「マキ……
 そうっと開いた扉の中から、夕刻のオレンジ色の陽が洩れてきた。病室の白いカーテンが、少し開いた窓からの風で揺れている。外の夕日がそのカ−テン越しに部屋の色を変えていた。
「お兄さん……?」
 か細い声の主はベッドに横たわっていた。
 広いと言えない個室には、ベッドの回りに医療機器が置かれ、三人掛け用のソファが存在感を強調している。窓辺に所狭しと置かれた花の香りが部屋に溢れ、その香りの中にまるで妖精のようにたおやかでひっそりと透き通るような白い肌の少女が静かな微笑を向けていた。

「マキ、お客様。タマ、玉子さん」
 私を見て驚いた様子だった顔が、フワッと笑顔に変わった。
「こんにちは。すみません、突然ついて来てしまって。金原玉子です」
「真希子です。玉子さんの事はいつも兄から聞いています。ほんとに高校生みたいに可愛い人」
 と、ソファに腰を下ろした山下君の方に微笑んだ。彼は、優しく包み込むような眼差しを妹に送っている。
「でも、こんな所に来て頂いてよかったの?」
「ああ、タマが、おまえが淋しいだろうって来てくれたんだ」
「本当に? 嬉しい! 今日は、ママも用があって夜まで来られないって言うから淋しかったの。ゆっくり居てね、玉子さん」
「はい。この花飾らせてもらって良いかしら」
「ありがとう。私、お花大好きなの。きれい……
 私は、山下君から花器を受け取り、部屋の隅の狭い流し台で花を挿した。
 山下君は妹の顔を覗き込むように、枕元で話しかけている。
「マキ、もう大丈夫か?」
「うん、ごめんね。熱が出た位で、皆大袈裟なんだもの。お兄さんこそ、私のせいでずっと寝てないでしょ。大丈夫?」
「そんなヤワな体じゃないさ。でも、なんともなくって良かった」
 私の背中で交わされる会話は、彼女の重い病状を教えてくれた。山下君の気持ちを思うとに心が痛む。そして、約束の事なんかで悩んでいた自分が恥かしかった。
「奇麗なお花を有り難う。玉子さん」
 マキさんは嬉しそうに、赤味のない頬を持ち上げて柔かく笑った。
 花を窓辺に並べて、私はサイドボードに目をやった。そこには、何十冊もの本が積まれ、ベッドの下まで積み重ねてあった。
「わあ! すごい本だねえ。マキさんの愛読書?」
「そう。一年もここにいると増えちゃって。でも、これほとんど兄の読んでた本なんですよ。こう見えても、兄はすごい本キチなんです」
彼女は、二重の目を細め言った。
『可憐』という言葉が浮かんだ。純白のゆりの花が似合うような、それでいて儚い……。そんな女の子……
「あら」
 揃って山下君を見たとき、彼は狭いソファに体を預け眠っていた。彼の寝顔を見ながら、マキさんが沈んだ声で言った。
「お兄さん、一昨日から寝てないの。母と交代で、夜は兄がついててくれたから……。疲れたと思う」
 涙ぐみそうな彼女を見て、
「良いお兄さんだね」
 と言うと、
「ええ、とても。お兄さんがいるから頑張っているの……
 独り言のように彼女は小声で言った。思いつめた瞳には、涙が浮かんでいる。余りにも悲愴だった。こんな可愛い人が重い病気で普通に暮らせない現実に、胸が痛む。
 
 泣き出しそうな彼女に、私は気分を変えようと話を逸らせた。
「でも、驚いた。山下君が読書好きとは知らなかった」
「そうですか? 兄の部屋は父の書斎より本が多くて、家族は図書館って呼んでいます。私、学校へ行けない日は、いつも兄の部屋で過ごしていました」
「そうなんだ。だから、文学部に」
「ええ。父は、経済学部で経営を勉強させて、自分の仕事を継がせるつもりだったんですけど、兄も頑固で。父も諦めたみたい」
「へえ。誰かとは、大違い」
 私は山下君に感心しながら、ポツリと呟いた。
「ふふ……杉さんでしょう?」
 マキさんは軽く笑って、思わぬ人の名を口にした。
「え? 杉君知ってるの?」
「ええ。兄と時々来てくれるの。可笑しいんですよ。私達が本の話とかすると、怒るんです。話題についていけないからって。愛読書はジャンプだって言ってました」
「確かに。昔からジャンプ以外を読んでるとこ、見たことない」
 二人で、顔を見合わせ笑った。マキさんの顔が少し明るくなった。
「中学からずっと一緒でしょ? 杉さんと」
「うん。高1の時だけクラスが違ったの。中学は、3年間同じ。家も同じ地域だし……。ホント、腐れ縁だね……
「へえ。でも、素敵。杉さんと思い出いっぱいあるんですね」
 彼女の言葉に戸惑った。確かにどんな場面にも彼はいる。そして、彼を想い続けた私がいる。でも、そんな思い出が一体何になるだろう。今は、その事が心に重い……
「あ、そういえば、この前すごい綺麗な人と来た。えっと……
「ああ、リカさん? 彼女も来たんだ」
 ここにも私の知らない杉君の世界が有る事に、少し寂しくなった。そして、いつも一緒のリカさんと杉君の様子が、目蓋に浮かんでくる。きっとここでも幸せそうに笑いあったんだろう。
「とっても、色っぽくて美しいって感じ。私とは別世界の人」
「分かるよ! 胸なんか、こんなにあって、ウェストでキュッてしまってんの。私なんか、首から下、筒状なのに」
「玉子さん、それはひどい」
 二人で、声を上げて笑った。マキさんは とても楽しそうに、私の話を聞いてくれる。 

 眠っている山下君を時々見ながら、私はこの可憐で儚げな少女と語り合った。素直でオットリしゃべる彼女に安心感を抱き、私も普段のままで話をした。それはとても楽しい時間だった。

 

 病室の外が騒がしくなった。どうやら夕食の配膳が始まったようだった。
 時間はもう六時になっている。
「あ、ゴメンなさい。気が付かなかった。私はこれで失礼します。」
「もうですか? 残念だな。また来て頂けますか?」
「ええ。勿論! あ、山下君はそのまま寝かしておいてあげて。ひとりで帰れますから」
「有り難う。玉子さん。きっとまた来てくださいね」
 透き通った頬に少し赤味が差しているように思った。儚げだった微笑が、少し歳相応の明るさが戻ったように見えた。
「じゃあ、また」
 ソファに眠る山下君が目を覚まさない様に、小さく言ってドアを静かに閉めた。

 家に向かう電車の窓から、沈んだ陽の名残が西の空の切れ切れに浮かぶ雲を、朱色に染めていくのが見えた。
 楽しかった山下君との時間よりも、私の心はマキさんの儚げな微笑に占められていた。歳もかわらないのにあの白い部屋の中で、命の不安に晒されながら静かに横たわっている人……。目頭が熱くなった。そして、その隣で疲れて眠っている優しい人……。私は何もこの人達にしてあげられないのだろうか。いや、きっと何も出来ないと思うが、それでも、山下君の力になりたい……と、思った。友達として……
 電車の窓の風景は、突然視界が広がって、遠い水平線の凪いだ海へと変った。金色に揺れる波の破片が、海面を覆いつくすようにキラキラと輝いていた。
 私は、もうすぐ薄い闇色に隠されてゆく車窓の風景に目を奪われながら、知ってしまった山下君の悲しみで、心の中はいっぱいだった。

 その夜、遅くに彼からメールが届いた。
――
『タマ、有り難う。マキがとっても喜んでいた。送らずにごめんな。明日は大学で会えるな。楽しみにしてる』
 閉じた後、ケータイを握り締めた……。明日、会える……。不思議なくらい彼が近くに感じた。そして、昂揚する自分の気持ちに戸惑う。彼の笑顔が浮かんで来る。一番近い私の男友達……そう思ったとき、せつなさが胸を締め付けてきた。
 眠れない夜はなかなか時を進めてはくれなかった。

                          

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