第十七話 夏の夜の夢(2)

 

 二人で、黙ったまま、様々に色を変える夜空を眺めている。

 ドーンと頭上で破裂した花火は、瞼に眩い残像を残した。そして、その美しさは数秒で儚く消えゆく。打ち上げの間隔が開くと、その儚さにせつなくなって、山下君を見上げた。

 彼は、そんな私に微笑んで応えてくれる。

 山下君に恋したことを、私は絶対後悔しない。会えなくなることが分っていても、ときめく思い出がいっぱい出来たんだから。きっと今夜のことも、ずっと私の心に、夜空に咲いた花火のように美しい彩りを残してくれる。思い出は、心が寂しくなった時、暖めてくれる気がする。山下君も、今夜をそんなふうに思ってくれたら良いのに……。

 連続して夜空に上がっていた花火が止んで、浜辺は急に静かになった。

「仕掛け花火が始るよ」

 と、私達の前で見ていた家族連れが、話してる声が聞こえた。

「ナイアガラかな? タマ、見える?」

 と、山下君が私を見下ろした。

「駄目、全然見えない」

 ため息をついて、前の人垣の間を覗き込んだ。私の身長では、目の前の海まで見通せない。

「遊歩道まで戻ったら見えるかもね」

 そう言って、彼は砂浜から三メーターくらいの高さの石垣を振り返った。その上は松林が続く公園になっていて、浜に沿って遊歩道が続いている。そのガードレールにも、人が立って見ている。

 山下君は私の手を引っ張って、後ろへ下がった。

 遊歩道に続く石段を、人垣をすり抜けながら、下駄を鳴らして上がった。彼は歩きそうにしている私の手を、しっかり掴んでいてくれる。ゆかたの裾を気にしながら、私は小走りでついて行った。

「おお! すごいぞ」

 山下君の声に振り向くと、遠浅の凪いだ海の中にサッと光が走って、真っ暗な海面に浮かんでいるように光の橋が架かった。10メートル程の距離を火が走ってゆくと、その後から光が噴出すように海面へ流れ落ちる。二メーターくらいの高さから、まるで本当に水のように、海に金色の光の粒が注ぐ。

 並んだ見物人の隙間に割って入って、遊歩道のガードレールを掴み、長い光の架け橋を眺めた。下に見える浜辺からは、歓声と拍手も起こっている。

「海の中なのに、どんな仕掛けになってんのかな。真っ暗だから分らないなあ」

「うん。船から引っ張ってる? わかんないけど、日本の花火はすごいね」

「ほんとにすごいな」

 闇に浮かんだ、仕掛け花火を瞼に焼き付けるように眺めた。数分間光り輝いていた滝は、次第に落ちる火の勢いが弱くなって、漆黒の波間に呑まれる様に消えてゆく。

 花火は、闇に浮かび、幻想的で美しい。でも、消え去った後の夜の静寂は、その儚さゆえに悲しくなる。

 私の恋ももうすぐ終わる。花火のように燃え尽きる事もなく、私らしくひっそりと。山下君が会いたいと思ってくれない限り、二人の時間はない。もう、今日で最後かも知れない。

 大きくなってゆく悲しさに、言ってはいけないと我慢してきた一言が、ついに口を突いて出て来てしまった。

「離れたくない」

 彼の存在を確かめるように、繋がれた手に力を込めた。

「タマ……」

 山下君は、驚いたように名前を呼んで、私を見た。

 夜空に、また打ち上げ花火が上がった。辺りは、急に明るくなって、周りから歓声が聞こえた。ドーンという破裂音に、心がえぐられるような気がした。その音にゆすぶられるように、悲しみが涙に変わって、頬に流れた。

 彼の手がゆっくり肩に回された。そして、ゆかたの袂で顔を覆った私を支えて、人垣の出来た遊歩道から、松林の中へ向かった。

「ごめんなさい……。迷惑かけない約束だった……。友達、失格だね」

 松の木の陰で、何も言わないで私を見る彼の前で、慌てて涙を拭った。私が泣いたら、山下君が困ってしまう。

「タマ……」

 花火の眩い光から身を隠すように、枝を広げた松の木の陰で、山下君は私を抱きしめた。

「タマを泣かせるんなら、誘うんじゃなかった……」

 私は、小さな体を伸ばすように彼の胸に縋った。

「ごめんなさい。山下君のせいじゃない。私が勝手に想っているだけだから……。ごめんなさい」

 胸の中で、繰り返して呟いた。それでも、我慢の糸が切れてしまった私の心は、容易に涙を止めてくれない。

 彼が、腕を離して、私の頬を両手で包んだ。

「俺が悪い。タマに会いたかったのは俺だ」

 

 遠くで花火が轟いている。全ての音を消し去るように、激しく鳴り響く。

 山下君が屈むように顔を近づけて、私の頬の涙に唇をつけた。そして、肩を引き寄せて、唇を重ねた。私は彼の肩に手を掛けて爪先立ち、何度もキスした。

  明日には消える夢であってもいい。今だけは、彼の心が欲しい。

「タマ! ごめんな……」

  彼の搾り出すような声を、目を閉じたまま、耳元で聞いた。

                        <第十八話 夏の夜の夢(3)>

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