<18>想わぬ出会い(3)

 

――「そうか……。驚いたな」

 沈んだ声が私の耳に入り込んでくる。私は黙ったまま、瞬きだけを繰り返した。

――「まさか、君と優子が仕事をすることになるなんて……。優子は何か言ったのか?」

 貴方は、落ちてしまった声の調子を上げようともしないで、困惑したままで私に尋ねた。

「いいえ。あ、空港で私を見たと言われたわ。奥さん、気が付いていた。でも、特別そのことを気にしているようでもなかったけど」

――「彼女はそんなこと、気にしないよ」

 貴方が間髪いれずに言った。私は一瞬、その言葉の意味が分らなかった。

「信頼されてるって事?」

――「と、言うより、そんなことを気にするほど、俺に興味を持ってないって事」

 ケータイから、貴方が苦笑して鼻で笑ったのが伝わった。

「そんなふうには思えなかったけど……」

――「まあ、コーデイネーターとしては力はあるから、仕事には役に立ってくれるよ。なんと言っても、あの羽田先生のお気に入りだから」

 何だか、投げやりな言い方に聞こえた。優子さんの言うように、仕事を始めた彼女のことを、貴方は良いように思ってないのかも知れない。

――「とにかく、女房のことはさておき、お役所の物件頑張れよ。つまらないことを気にして、折角の仕事が遅れたりしたら申し訳ないだろ」

 つまらないこと……。私はつい溜息を漏らしてしまった。

「そうね。ごめんなさい。頑張っているから、心配しないで」

――「うん。また、何かあったら言って来いよ。離れているけど、いつも美也の傍にいる気でいるから」

「有難う。じゃあ、お仕事頑張って……」

 ケータイを見つめながら、浮かない気持ちで切った。

 

 つまらないことだと言われて、ふっと優子さんの顔が浮かんできた。貴方が、彼女のことを私に話したくないのはわかる。でも、私よりも貴方の近くにいる優子さんのことを、もっと話してほしかった。どんなきっかけで知り合って、どんな風に生活しているのか、どんな人で、どこが不満なのか。私と彼女と、本当はどっちが必要なのか……。

 閉じたケータイをテーブルに置いて、頭を抱え込んだ。

 醜い――すごく醜い。

 私は、彼女の知らないところで、大切な人を横取りしたいと思っている。貴方の口から、奥さんの不満をきいて、「ああ、やっぱり」と自分を納得させたいのだ。

 優子さんと貴方のことを知りたいということは、そういうことじゃないか!

『旦那が浮気したのよ』

 頭の中に、友人の里美の声が不意に聞こえてきた。いつもの飲み会の席で、唐突に打ち明けた離婚話。

『相手、嫌な女でね。堂々と私に別れて下さいって電話かけてくるのよ。あの人も別れるって言ってますって!』

『旦那はね、やり直したいって言ったけど、やっぱり裏切られたんだと思うと許せなかった。だからすっぱり三行半よ』

 そう言って笑った里美の顔を歪めた笑顔を、思い出した。結婚5年目の破局。いつも、優しいご主人のことや可愛い子供のことを、取り留めなく話していたのに。

 聞いていた私達は、皆相手の女を罵った。幸せな家庭を壊す、悪魔のような存在に仕立てた。

 それが、今は私なんだ。

 『愛したから』なんだというのか。『愛されているから』どうだというのか。優子さんから、あの幼い子供から、貴方を奪う権利など、私にはない。

「でも……、でも……、正巳を失いたくない……」

 顔を覆った両手の隙間から、涙と共に声が漏れた。今日一日耐えていた心から搾り出された涙は、自分勝手で欺瞞に満ちている。それでも、貴方を想うとあふれてきた。

 

 男と女がいる限り、いろいろな愛の形はある。

 私は幾度、こんな醜い涙を流すのだろう。

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 更新遅れてしまいました。次話は19日更新します。

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