第六話 送別会

 退社時間が来た。 
 私は片づけを済ました大矢を探して声を掛けた。
「大矢、今日大丈夫なんでしょ?」
「多田さんの送別会? ええ。もちろん行きますよ」
「女の子達が心配してたよ。いつも付き合い悪いから来ないんじゃないかって」
「はあ……、今日はお世話になった多田さんのですから。それより森野さん助けてくださいよ」

 頭をぼりぼり掻きながら、私を上目使いに見て言った。

「え?」
「ほら、俺、酒駄目だって言ったでしょ!」
「あ、うん、そうだったね。わかった」
 大矢は真面目な顔で、心なしか緊張しているようだ。何か、お酒飲めないって言うのも信じがたいが。


 今日、集まる店は洋風居酒屋で、奥に二十畳程の結構広い宴会場がある。
 ノンフードで集まると三十人くらいになるので、カラオケもOKのこの店をいつも重宝している。夕方に勤務を終えた人達は、先に行って始めてる筈だ。
「いらっしゃいませ!」
 威勢のいい声が掛り、ライフリーと告げると、大矢と私は宴会場へと案内された。
「森野! 大矢!」
 扉を開けると、聞きなれた声。丁度入口の正面の上座の席に座った男の人が手をあげた。
「多田君!」

 カラオケ用の小さなステージを挟んで、コの字に配置された七席のテーブルに、軽く会釈しながら、多田君の席へ向かった。
「お前らが一番遅いよ。相変わらず仕事熱心だなあ」
 彼は微笑みながら、私に隣りの席を空けてくれた。

「ごめんなさい。なかなか、抜けられなくって」

 多田君は仕方ないなと言うように笑って、
「仕事、問題ないか?」

 と、訊ねてくれた。髪をきちんと短くカットし、社会人らしくなった彼のはっきりした二重の目が、優しく細められた。
「うん。でも、やっぱり大変だよ。多田君の抜けた穴は大きい」

 私は、彼の横に座って、テーブルの上の料理を眺めながら言った。後ろから、グラスを店員が届けてくれて、私はそれを両手で受け取った。
「あんまり、無理すんな」
 多田君がそういいながら、手に持ったグラスについでくれたビールを一口飲んだ。彼の久しぶりの優しさが、妙にほろ苦かった。

「森野さん、何か食べたほうが良いですよ。頼みますか?」
 と、多田君の向こうから、いつも束ねているストレートの長い髪を下ろした浅野さんが、顔を覗かせた。
「そうだね。あれ? 大矢……?」
 まあ、仕方ないか。隣に来るものと思っていた大矢は、入口付近の女の子達の席で捉まっている。
 席に着いた彼の周りに、女の子が集まってきて騒いでいた。大矢は口をへの字に曲げて、差し出されたメニューを見ている。
「あいつ、相変わらず人気モンだな」
「でも、相変わらず笑わないよ」
 多田君と顔を見合わせて笑った。
 そして、この爽やかな笑顔とも今日でお別れかと思うと、私の心の底に淋しさが巣くう。

「おお! 皆、揃ってるな」
 突然扉は大きく開けられ、葉山主任が最後に入ってきた。そして、真っ直ぐテーブルの間を抜け、ステージのマイクの前に立つと、グラスを受け取った。

「では、僕が代表して、七年間もうちで勤めてくれた多田君に感謝をこめて、また会計士としてのスタートを祝福し乾杯の音頭を取らせて頂きます」
 と、小太りのおなかを突き出して、真剣な顔でビールのグラスを差し上げた。
「主任、結婚式の祝辞じゃあ無いんだから!」

 と、誰かが叫んだ。回りから笑いが起こる。私と多田君も見合って笑った。
「うるさい! 乾杯! お疲れ様、多田君」

 主任の乾杯の言葉に、立ち上がって、頭を下げる多田君に惜しみない拍手。
「皆さん、有り難う!」
 と、彼は頭を下げると、照れくさそうに席に着いた。

そして、多田君はそっとグラスを傾けながら、
「森野……、本当に有り難う」
 と、ポツリと言った。
 心がぎゅっと締め付けられ、私は黙って、頷いた。
 今夜は少しぐらい涙を零してもいいだろう。彼と二人で七年間も、仕事を守ってきたんだ。
 グラスのビールがほろ苦い……。天井のシーリングの灯が、水面に映るつきのようになんだか滲んできた。
「多田さん! ほんとお疲れ様でした」

 と、突然大矢がやってきて、私が感傷に浸っているところに、無理やり隣に座ってきた。木製の簡易なベンチは途端にぎゅうぎゅう詰め。
「ちょっと、大矢! 四人がけのベンチだから狭いって! あんた、女の子と遊んでなさい」
「浅田さん、多田さん、森野さん、俺、四人じゃないですか」
「あんたは、でかすぎるの!」
「森野さんのお尻がでかいんでしょう」
 全く、折角多田君と話が出来るのに……マジで大矢に腹が立った。
「まあまあ、ほら、洋子、そっちへ移って」
 多田君は笑いながら、一人掛けの椅子を指差して浅田さんに言った。
「洋子」という響きが、私の心にズキンと痛い……。彼にはもうカノジョがいるんだ。
 多田君が何故かとても遠い。当然の事だけど……。淋しさで言葉を失くしてしまった。

「大矢、森野の事たのむな。ちょっときつい奴だけど」
 また、そんな泣かせるセリフ……。でも、ここで涙は禁物。
「多田君! それ逆よ。面倒見てるのは私です」
「大丈夫ですよ、多田さん。殴られても殴られても耐えて耐えて、彼女を支えていきますから」
「殴ったのは1回だけでしょうが!」
「ははは……。森野、大矢を殴ったの? すごいなあ。まあトイ部門は、二人なら安泰だな」
 そう言って笑う多田君の、大人の笑みがとても眩しい。
 私がムッとしてビールのグラスに口をつけていると、女の子がやってきた。
「もう! 大矢君! 戻んなさいよ!」
「そうよォ〜。たまにはゆっくりィお話したいわァ」
 ベビーの村田さんとトシマ(?)の川田さんは、大矢の腕を引っ張って連れて行こうとする。
「ちょっと待てよ! 森野さんと多田さんに話があるの。ねえ、森野さん!」
「無いよ、話なんて」
 邪魔者は去れ! 大矢よさらば!
「ほら、森野さん無いって言ってるじゃん! 行こ行こ」
「…………」
 大矢は、むっとした表情だったが、観念して女の子達のテーブルに連れて行かれた。
 私は笑顔で大矢を見送り、多田君にまた話しかけた。
「ねえ、いつからだったの? お付き合い」 
 多田君は笑って大矢を見ていたが、私を振り向いた。
「あ……」
 彼は浅田さんを見て、照れくさそうに微笑んだ。
「うん。去年、試験の前頃かな。もう何度も失敗してるだろ試験。仕事も結構ハードになってきていたし。このままじゃあどっちつかずで終わってしまうって、随分悩んでいたんだ」
「え? そうだったの?」
「ちょうど店長から正社員の話もあってね。このまま、ここで働こうかって。そんな時、彼女が、夢を捨てるのかって……。それからずっと応援してくれたんだ」
 多田君の言葉に、私は冷たい水を浴びせられたようだった。
 一番近くで彼を見ていて、おまけに一番彼を解っていると思っていた……。
「合格できたのは、彼女のお蔭だ」
 二人は顔を見合わせ微笑みあった。
 私は手に持ったグラスを空にした。苦い味がのどを流れる。
 そして、多田くんにとって自分がタダの同僚だったことを痛感した。
「まあ、僕らのことはこれ位で。とにかく飲もう」
 無言のままで、注がれたビールも飲み干した。
 今夜は酔っ払ってやる! おバカで、鈍感で、淋しい私が正体を現す前に。

「おいおい、ピッチ早いぞ!」
「森野さん。ほら、ちょっと食べてから飲んだほうが良いですよ」
 私の前に、浅田さんが皿を並べた。本当に、若いのによく気がきくし、しっかりしてる。
 彼女なら多田君をあげても良いかな。

 このつくね、ちょっと塩辛い……。

「さあ、カラオケで盛り上がるぞォ!」
 葉山主任の一声で、カラオケも始まり、宴たけなわと言うところ!
 お酒も入って、盛り上がってきた。
「あれ、そういえば山田主任きてないなあ」
 多田君が思い出したように言った。
「うん。今日ね、チーフにセクハラされかかって、大矢がどけ〜って怒鳴って止めさせてくれたの」
「へえ、大矢が? だから罰悪くて来なかったのか。森野、大矢に助けて貰ったんだ」
「まあ、そうだけど、まだひよっこだよ」
「ははは……。お前、歳気にしてるんだろ」
「ほっといて!」

 拗ねた顔をして、テーブルに並んだ料理に箸を伸ばした。浅田さんが、皿を近づけてくれながら、笑って言った。
「でも森野さんは素敵ですよ! 逞しいし、きりっとした顔で見られたら、どきっとしますよ!」
「こらこら、洋子! 森野は女だよ、一応」
「二人で、私のことつまみにしてません?」
「してない。してない」

 口を揃えて言って、二人で声を出して笑っている。
 軽く酔いも回ってきて、私は多田君と最後の会話を楽しんでいた。
 
 各々ワイワイとにぎやかに宴会は進んでゆく。
 暫くして、
「きゃあ、いやあん!」
 と、若い子のテーブルで奇声が上がった。
「八グ〜ハグ〜!」
「きゃあ! やめてえ!」
 私は目が点になった。
 あの、ポーカーフェイスの大矢が……女の子を追いかけまわしている!
 いつも仏頂面で女の子と話もしないのに、べったり抱きついたり、さわり捲くったり……。
「ハグしようよ! 千佳ちゃん」
「嫌だって、もう!」

 嫌がる村田さんに、ドワッと抱きついている。
 か、完全に壊れてる……。何がどうなっているのだか分らない。
「キスして! んんんんん!」
 皆、唖然として、大矢を見つめている。
 どうしてだかよく解らないけど、大矢は傍にいる女の子達に片っ端から抱きつき、キスし捲くり!
「森野、今日俺の送別会だよなあ」
「あ、はい……」
「どうして、安キャバレー化してんの?……」

 多田君と二人、いえ浅田さんも、他のテーブルの社員達も、視線は大矢と女の子に釘付けになった。
「きゃははは! 大矢君のエッチ!」
「大森ちゃんのおちり可愛い〜」
 私は、大矢に何が起こったのか理解出来なかった。
 彼は、皆のことなど全く眼中に無い様子で、大森さんの肩を抱き次々とグラスの酒を空けていく!
 そして、無理やりキスを迫っている。
「きゃあ! 大矢君いやだってぇ〜」
 ああ! もう、あのバカ! こっちが恥かしくなる! と、顔を歪めていると、ふっと頭の中に、真顔の大矢が浮かんできた。

「あっ! 忘れてた! 大矢、お酒飲めないんだった!」
「ええっ!」
 私の声に、皆、一斉に私を見る。
 その時、 
「だっはははは……」
 笑っている……。そっくり返って大きなバカ笑い……。ホントにあの大矢なのか、信じられない。
 一人盛り上がってる大矢に呆れながら、もう全員おしらけ状態! カラオケどころの騒ぎじゃない。彼一人にめちゃくちゃにされた感じ。
「大丈夫か、あいつ! 酔ってるのは確かだが、まだ飲んでるぞ」

 まるで水でも飲んでいるように、ごくごく咽を鳴らしてグラスを空けている。

 多田君の声に、私も川田さんに声を掛けた。
「ちょっと、川田さん! もう飲まさないで! 彼、飲めないらしいから」
「森野さん〜知りませんよォ。村田さんが大矢君のウーロン茶にちょっとォウイスキー入れたんですよォ! そしたら、これですもの」
 そう言いながら、大矢にそこいら中にキスされている。
「ありゃあ、欲求不満だね。まあ、泣き上戸よりマシだよ。スケベ上戸のほうが」
 ふうっとため息を吐いて、呆れ顔の多田君が言った。
 でも、はっきり言って多田君しかり、男性達は少し羨ましそうに大矢を見ている。
 女の子達も、嫌がりながら彼から離れないのは案外楽しんだりしてるのか……。
 本当に、男と女は摩訶不思議なイキモンだ。

 大矢は、全く悪びれた様子もなく、堂々とやりたい放題!
 私は、いつもの大矢が作り物で、酔っ払いの彼が本物のような気がしてきた。いや、もしかして酒乱の類いか……。完全に人格は壊れている。
 そんなことを思いながら、呆れて見ていると、まずい! 大矢と目が合ってしまった!
 慌てて目を逸らしたが後の祭り。
「も〜り〜の〜さん!」
 ふらふら立ち上がった大矢が、私達のテーブルの前に仁王立ちになった。上目遣いの目が怖い……。
 そして恐々とする私を目の前にして言い放った。
「いつまでも、たら君たら君って言ってたらだめっひょ!! そんなだから、7年間もかれひ出来ないんじゃないっすか!!」
「ぐっ!」
 大矢の言葉に絶句した。
 当然、宴会は水を打ったように静まり返る。
 その彼の言葉は、自分で言うのもなんだが、仲間内では絶対の禁句となっている。
 三十になっても彼氏もいない、そんな悲しい女に現実を見せてどうする!
「大矢! いい加減にしろよ!」
 見かねて、多田君が怒鳴った。
 大矢は、罪の意識もないのか、黙っている私の隣りへふらふらと体を預けるように座って来た。そしてテーブルの上に顔を伏せた。
「お、おい! 川田! ほらほらなんか歌え!」
 葉山主任が慌てて、しらけた場を盛り上げようとマイクを回した。
 隣の多田君は、伏したままの大矢をみながらため息を吐くと、
「気にするなよ、森野。酔ってるからな」

 と、気を使って言ってくれた。
「うん。仕様が無い奴だよ」

 楽しかった気分なんて、ぶっ飛んでしまったけど、無理やり笑って、多田君に答えた。
 大矢は、くったり隣りでテーブルにうつ伏したままだ。相当に酔っているのか、意識不明状態……。こいつのお陰で、多田君とも気詰まりな感じになっているというのに……。

 本当にムカつく!


 川田さんの歌が始まり、やっと普段のお決まり宴会に突入。
 問題児大矢は、気分が悪いのかぐったりと私の隣で、大人しく伏したままだ。

 私はなんだか、急におとなしくなった大矢が心配になり、肩を揺すって声を掛けた。
「大矢? 大丈夫?」
「………」
「気分悪い?」

 大矢が気が付いたのか、伏せたままで、顔を向けた。
「森野さん……」
「うん? なに?」
「俺……お前の事、愛してる」
「は?」
「抱きたい……」

 バッコ―ン!!

 カラオケの伴奏よりも大きな音で、シルバーの皿が大矢の頭で跳ね返り、のってたポテトフライが飛び散った。
「うう……いってぇ!」
「死にたいか! このエロ男!!」
 ムカつき二度目、つい立ち上がって怒鳴ってしまった。
 折角盛り上がりかけた宴会がまた沈黙……。皆の、驚きの目にさらされる。
「 おいおい! 森野まで何だよ。今日は俺の送別会だろ? 頼むよ!」
「わっ! ごめんなさい!」

 いつも、和気藹々とすすむ集まりが、なんか今一盛り上がらず、しらけムード。
 これも全てこいつのせい!
 大矢は、皿の当たった頭を押さえ、それでもそのまま眠ってしまってる。
 本当に、エタイの知れない生き物だ!

「ちわ〜す!」
 グッドタイミングで、アルバイトの学生達が顔を出した。その中に谷もいて、私が手をあげると傍に寄ってきた。
「今日は早いねえ。どうしたの?」
「ええ、店長がお別れだから先にあがって行って来いって。店も暇な時間になったからって」
 数人のバイトが、多田君の周りに集った。多田君は、部門を越えて若い子にも慕われていた。

「多田さん、おつかれっス! 長いこと有り難うございました」
 谷は畏まってビールを注いだ。二人は、谷がバイトを始めての四年間を懐かしむように話をした。私も微笑んで二人の会話を聞き入っていた。

 しばらくして、谷はぐったりの大矢を見て、しらっとした目で訊ねた。
「あれ、こいつどうしたんですか? もう、酔ってんですか?」
「ああ、飲めないのに飲んだのよ」
「あほじゃない!」
 大学生に冷たく言い放たれても感知せずで、大矢は熟睡中……。
 でも、宴会慣れしてる大学生が遣ってきて、またまた盛り上がってきた。女の子達もキャイキャイとたのしそう……。
 大矢のご乱行もなかったように、多田君の送別会は深夜まで盛り上がった。

「さあ、そろそろお開きとしようか」
 晩い時間となって葉山主任が立ち上がり、
「多田君、これからも頑張れよ!いつでも店に顔を出してくれ」
 と、握手を求めた。
 皆が拍手して、多田君の労をねぎらう……。いよいよさよならの時。
「森野、頑張ってな。本当に有り難う」
「こちらこそ……」
 私は後の言葉が続かなかった。こみ上がる気持をぐっと飲み込んだ。
「じゃあ! 元気でな」
「お疲れ様」
 皆、口々に多田君とあいさつを交わし、店の外へ出て行く……。
 私も出ようとして立ち上がったが、
「げっ!」
 隣りに眠る大矢を忘れていた!
「大矢! 起きてよ! 帰るよ!」
「うううう……。死にそ……!」
 大矢はぐったりして、立ち上がりそうにない。
「森野、大丈夫か? 大矢」

 多田君が心配顔で、私に言ってくれた。
「あ、浅田さんを送って行くんでしょ? 大矢はタクシーに乗せるから、先に帰っていいよ」
「じゃあ、頼むな。元気で」
 多田君と浅田さんの後姿を見送った。これで、本当にお別れ……。
 でも、しんみりと多田君のことを考えてる場合じゃない。
「大矢! ほら、立ってよう!」
 無理やり立たたせたけど、彼は真っ青な顔でふらつく。私の肩で支えて、引き摺るように歩かせた。
 皆もう帰ってしまっている。でっかい体を支えて、何とか店の外へ出た。
「森野さん、大矢君大丈夫ですか?」
「うん。村田さん、タクシー止めてくれる? 家遠いらしいから、乗せるわ」

 女の子達は広い通りで、流れてくるタクシーを止めてくれた。
 心配顔の皆に見送られて、何とかタクシーに乗りこむ。やっと、大矢の重みから開放されて、息を吐いた。

「どちらまでですか?」
「……」
「す、すみません。真っ直ぐ行って」
 やばい! 大矢は正体不明でぐったり!
「ちょっと! 家、どっちなのよ! 大矢!」
「う……、吐きそう……」
「お、お客さん! 大丈夫…ですか?」
 運転手は、慌てて声をかけた。車で吐かれたら大変! 迷走するタクシーの中で、私は彼を抱いたまま焦っていた。
「う……」
 ヤバイ!! こんなところで吐かれたら……。私は咄嗟に大矢の口を片手でぐっと塞ぎながら、
「すみません! 止めて! 降ります!」
 と、叫んでいた。
 もう! どうしてこうなるの! 葉山主任に預けたらよかった! 最悪のお荷物だ。

 走り去るタクシーを恨めしく見つめながら、深夜の街で、大矢を肩で支えて立ち尽くした。
「森野…さん、水……」
「仕方ない私の部屋で休んで……」
 酔いが醒める間だけ……ま、この状態なら送り狼(?)になることもないだろう。
 私は、このでっかいお荷物を引きずりながら、家に向かった。何か、ついてない。今夜は……。
 多田君との別れは、感傷に浸る間もなく終わってしまった……。


       
                  第七話 関係 

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