第四話 淋しい女

「大矢君! これから食事行かない?」
 通路を歩いていると、女の子達から声が掛かる。
「今日は駄目。また今度」
「飲みに行こうよ。給料日だし」
「用があるんだ」
 しかし、よくオモテになる。
「大矢、いいのよ。私のことは気にしないで、若い子と行ってきなよ」
「……お詫びは人間の道でしょうが」
 やっぱり、こいつもワケ解らん。

 そういえば、大矢と二人で食事するのは初めてだ。
 私は、もしかしたら彼の違う顔も見れるかもと、内心楽しくなった。
 ロッカーで着替えを済まし、化粧室へ行った。

「お疲れ様です」
 鏡の前には、アフターの約束のために化粧をする女の子達が並んでいる。
「あれ、珍しい! 森野さんもお出かけですか? いつもすぐ帰っちゃうのに」
 一斉に私を振り返る。
「あ……え、帰るわ」
 私はあわてて通路へ飛び出した。
 
 自分の行動が何故かすごく照れくさかった。

 確かに、いつもならさっさとマンションへ帰るのに、大矢と食事に行く位で化粧室へ向かうなんて。私もまだ、女を諦めてないと言う事か……。
 本当に、同僚達の年齢を思うと、自分がすごくオバサンに思えて嫌になる。

 通用口を出ると、夜風が頬をなでた。ここを出ると、やっと緊張がなくなる。
 私は、帰る人を気にしながら大矢の姿を探した。
「森野さん!」
 彼が、前の道路の少し離れた所に止まっていた車の窓から、声を掛けた。
「え? 車なの?」
「はい、家少し遠いんで。乗ってください」
 助手席に乗り、ドアを閉めた。
 彼には不似合いな3ナンバーのセダンに、
「良い車に乗ってんだね」
 と、取りあえず褒めた。
「親父の車だったんです。お下がり」
 意外と素直な返事。
 そして、
「近くの店だと、誰に会うかわからないから、少し走りますよ。」
 と、後ろを見て片手でハンドルを操りながら、慣れた様子でバックさせた。
「どっちにしても暇でしょ?」
 さらっと憎まれ口も付け加えて、大矢は車を夜の街へ走らせた。
 「ねえ、どこまで行く?」
「俺、実はこの辺あんまり知らないんですよ。だから、以前多田さんに連れて行ってもらった店に行こうかと」
「多田君に?」
「そういえば、彼の送別会、月曜でしたよね?」
「……うん」
 多田君の名前が出るとは思わなかった。
 

 多田彰人(ただあきと)は、実は私と同じ頃、契約社員として入社した。
 大学を出て就職したが、スキルアップを目指して仕事を辞め、夜間の専門学校に通いながらうちで働いていた。
 それがこの度、やっと資格試験に通り、就職も決まった。
 喜びの内に退職の日が来て、送別会で終わりとなる。
 私は、この送別会が今までで一番辛いだろうと思っている。
 7年間の間、同僚として傍に居てくれた人……。 

 大矢に案内された店は、海岸沿いの静かなレストランだった。
 店内は音量を絞って女性ボーカルのBGMが流れ、少し古びた船の装飾品が木の壁に所狭しと飾ってある。
 落ち着いた雰囲気の中、話を交わす客の声が穏やかに聞こえ、レストランというより、お酒が似合う感じだ。
「こんな店、多田君と男同士できたの?」
 案内された窓辺の席について、メニューを見ながら訊いた。
「まさか! 多田さんの彼女と三人で来たんです。ほら、うちの文具の浅田さん」
「え? 浅田さんと?」
 私は、「カノジョ」と聞いても驚かなかったが、十九歳の浅田さんの名前にはショックを受けた。
 彼も他の男と同様に、若い女の子が良いんだ、やっぱり。どっちにしてももう自分には関係ないことだが……。
 そういえば、多田君が辞めると打ち明けられた時も、一抹の寂しさは感じたが、悲しみは無かった。
 ただ、何に付け頼りにして甘えられた唯一の存在を失くすことが辛かった。
 恋してた訳じゃあない……。きっと……。
 
 レストランの窓に広がる夜の海は、交錯する様々な灯りに照らされ、白波が寄せて返すのが見える。
 波の音まで聞こえてきそうだ。
 その様子を見ながら、年下ばかりと仕事をして、恋愛に臆病になった自分を哀れんだ。
 夜の海は寂しい……。時を止めたままで一人きりの体を抱き締めた。
 同じ年の多田君は私の唯一の支えだったのかも知れない。
「森野さん……」
「あ、何?」
 大矢が頬杖を突いて、じっと私を見つめていた。
「何、ぼうっとしてんですか?」
「ごめんごめん! もう、頼んでいいよ。適当に」
「なんか、どうでも良いって感じだなあ。俺じゃあ役不足ってことかな?」
 と、ため息を吐いて、目にかかった前髪を掻き揚げた。
 さっと今日の傷跡が現われた。
「いやだ、結構切れてる!」
「そんな他人事みたいに言わないで下さい」
「はは…。ごめんなさい。悪かったって!」
 長身の長いGパンの足を組み替えて、大矢は不服そうに口を尖らせた。
 BGMは私達のテーブルにも、優しい時を演出してくれるように流れている。
「お決まりですか」
 と、ウエイターに声を掛けられ、大矢は、面倒だとコースメニューをたのんでだ。
 
 そして、水のグラスを口に運びながら、
「俺達、カップルに見えますかね」
 と、唐突に言って私を見た。
 私は、彼らしくない言葉に噴き出した。
「笑うことないと思いますけど」
「ははは……。ごめんごめん! もち、見えるでしょ! 私が年上だって皆知らないから」
「歳は関係ないと思いますけど。まあ、殴られる関係だとは、思われないでしょうね」
 私は笑いながら、彼をもう一度観察した。
 年下と言う気安さが、私から照れくささを消し去る。

 大矢は、180センチはある身長に、黒のTシャツの袖からは意外にも筋肉質な腕を覗かせている。
 ボサッとしたレイヤーカットの髪に合う、細面の彫りの深い顔立ちに切れ長の二重の眼。
 もてない訳ない。
「大矢、給料日だって言うのに、彼女放っておいて良いの?」
 彼は私に目を向けて、
「残念ながら、いないので」
 と、相変わらず、ニコリともせず言った。
 料理が運ばれて、テーブルが賑わった。
 私は、グラスワインを注文して、大矢に尋ねようとすると、
「車だし、いいです」
 と、ウエイターを帰らせ、真顔で言い訳した。
「実は、酒だめなんです。学生時代から逃げ回っていました」
「へえ、信じられない。遊んでそうに見えるのに」
「森野さん! 俺のこと激しく誤解してますよ」
「ははは……。悪い! まあ、とにかく食べよ」
 拗ねた顔の大矢が可愛く見えた。
 本当に、私達も恋人同士に見えるのだろうなあ。この7つは違う年下の男の子と……。
 同僚以外の何者でもない彼との時間は、案外気楽で楽しいものだった。

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