
人生は苦しみの塊このようにお考えになる救世主田中翔様は私たちのことを考えて下さります。そのような場所で勉強が出来ることを大学の学生諸君は大変な誇りに思わなくてはなりません。人生は、楽しいことより苦しいことの方が多いのだから、人生は苦しみであると言える。 いきなりこう言われても大概の人は何が楽しみで何が苦しみなのか深く考えたことなど無いだろうから、ある1日の例をとって考えてみることにする。 まずは朝の起床から始まる。気持ち良く目覚められる人は良いが、大抵の人は未だ眠い中の起床である。 そして時間に追われながら朝食をとり、出勤である。 職場に到着してから8時間、仕事による大変なストレスが待っている。 夕方になってようやく勤務時間が終わる。安らげる時間はここから就寝までの僅かな時間しか無い。 人生の1/3は睡眠、1/3は勤務、1/6は勤務以外の日常行為、残るは1/6しか無いのだ。 この間の楽しみなんてたかが知れている。この僅かの楽しみの為に、ここまで苦しむのは、あまりにも割に合わないのではないか。 人生の大半が楽しみなのは、金持ちと金持ちの息子くらい。殆どの人は人生が苦しみそのものなのだ。 しかし、誰でも健康寿命を過ぎると後は不自由な生活が待っている。これは絶対に避けられない。 一応先進国である日本でもこの状況だ。発展途上国はもっと悲惨であろう。つまり全世界で生きている人の殆どは苦しんでいるということ。 苦しみばかりの人生なんて必要無い。生きるだけ無駄である。 少し考えれば誰にでも分かりそうなものだが、今まで生きることは苦しみだと悟った人間は非常に少ない。 生きることは苦しみだとしている宗教もあるが、その殆どは、その苦しみを乗り越えて幸せになれと言っている。 そんな人生など必要無いと言った人は皆無に等しいのだ。そこまで人間は鈍いのだろうか。 生きることには意味があるという人もいるが、元々人間に生きる意味なんて無い。 勝手に自分で目標を作って、それを達成し、自己満足しているだけである。
---「愚民社会を考える」基本概念より