ジャングルポケットとは
競走馬名:ジャングルポケット
3歳の時に日本ダービー(G1)、ジャパン(G1)を制し左回りの競馬で大活躍を見せるトニービン産駒らしく府中では無類の強さを誇った。
その反面、右回りの競馬では詰めの甘さを露呈する分かりやすい馬であった。これは大とびなのと手前の変え方が右回りだと上手くないためとされる。
馬主はフジキセキでおなじみの齊藤四方司オーナーであり、ダービーを目前に引退したフジキセキの無念をジャングルポケットで晴らすこととなった。
2002年にはキングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークスや凱旋門賞への挑戦プランが陣営から発表された。 鞍上には武豊を迎える予定であったが、武の落馬負傷により年明け緒戦の阪神大賞典ではミルコ・デムーロの騎乗が決まるも、 今度はデムーロが騎乗停止となったため、最終的には小牧太(当時は公営兵庫所属)が手綱をとりナリタトップロードの2着。 怪我から復帰した武を鞍上に天皇賞(春)に出走するが、第4コーナーで前の馬が外に振られて壁となる不利もあり、 マンハッタンカフェをクビ差捕らえ切れずこのレースも2着に終わった。
その後、宝塚記念から海外遠征の予定だったが、調教中に脚部不安を発症したため、宝塚記念出走、海外遠征ともに中止となった。 休養後、調整が遅れたためにぶっつけでジャパンカップに向かった。 なお、このレースの前に馬主名義が齋藤四方司からノーザンファーム代表の吉田勝己に変わったため、 以後それまでとは違う服色(黄、赤縦縞、黒袖)で出走した。結果は5着に終わる。 続く有馬記念は武がファインモーションに騎乗のため藤田伸二に乗り替わったが、早めにまくる奇襲作戦も実らず7着と大敗した。 レース後に腰部筋肉痛と左前蹄球炎を発症していたことが分かり、翌2003年1月に引退した。 なお、引退式には3歳時の菊花賞まで手綱を取った角田晃一が齋藤四方司名義の勝負服を着て参加している。
競馬予想家の中では「府中のトニービン」は格言に近いものがある。
血統:父トニービン 母ダンスチャーマー(ヌレイエフ)
父のトニービンは、日本競馬でG1馬を多数送り出し一時代を築いた。
代表産駒は牝馬で天皇賞・秋(G1)を勝つなどしたエアグルーヴ。
母はヌレイエフ産駒のダンスチャーマー。
ジャングルポケット代表産駒
ジャングルポケット産駒は、 トニービン系らしくキレの良い末脚勝負の競馬をする馬が多い。
気の強い面があり良い方向に出ると勝負根性に変わるが、空回りすると惨敗したりスランプに陥ることもある。
→産駒一覧
- トールポピー【阪神ジュベナイルF(G1)、優駿牝馬オークス(G1)】
- オウケンブルースリ【菊花賞(G1)】
- タスカータソルテ【京都新聞杯(G2)、札幌記念(G2)】
- フサイチホウオー【東京スポーツ杯2歳S(G3)、ラジオNIKKEI杯(G3)、共同通信杯(G3)】
