
ターミナル玄関口⇒時空跳躍ゲート⇒『恋人たちの物語』 Copyright © 2009 キュノ・アウローラ, All rights reserved.
恋人たちの物語
第1話 宇宙の歴史と恋人たち
第2話 いとし子の名と恋人たち
「ハァ〜……♥」
――クリスマスイヴ――
デパートの宝飾品売り場のショーウインドーに張りついたその少女は、うっとりとため息を漏らして呟いた。
「ロマンティックよねー、こういうのって♥」
「二人でイヴにウインドーショッピングってのが?」
「ううん」
「………………」
恋人の囁きを一言のもとに粉砕した少女は、片手でぐっと拳を固め、もう一方の手で、ショーウインドーに陳列されたシンプルな指輪を指差す。
「これよ、これっ!」
「あ、気に入ったの? それ」
「うん、超可愛いしー! プラチナだよ? プラチナ!」
「……プラチナねえ」
あまり気のなさそうな調子で、若者は呟いた。
彼は、他の多くの男性と同じように、女子がときどき宝飾品類に対して見せる異様な情熱が理解できなかった。
――そして、少女も、自分と同じ感性を持っていると思っていた。
その彼女が、貴金属を目にしてきゃあきゃあとはしゃぐ様が、彼には、何となく気に入らなかったのだ。
「意外と……何ていうか……高いモノ好きだったんだね。君って」
「――高い……?」
少女は、ゆらっ、とショーウインドーから離れて恋人を振り向いた。
そのただならぬ雰囲気に圧されて、彼は心持ち身を引いてしまった。
次の瞬間。
「ぬわにを言ってんのよっ!?
高いからって好きなわけじゃないわ!
私のプラチナに対する思い入れは、そんな安っぽいもんじゃないのよっ!!
――大体あなた、プラチナの起源を知ってんのッ!?」
「き、起源――!?」
両拳を固めて燃え上がる少女に、思わずおうむ返しに問い返す若者。
「……いや、知らないけど……」
その答えに、少女はフッと笑みを浮かべ、どーんと仁王立ちになった。
「フフン。知らないのなら、教えてあげるわ。
プラチナの起源、――それは、
超新星爆発よ!!」
「超新星爆発――!?」
びし! と突きつけられた指先をのけぞってかわし、驚愕の声をあげる若者。
「いい? プラチナってのは、かなり重い元素なの……」
相手の驚きには一切構わず、少女は、重々しい口調で語り始めた。
「遥かな昔……この宇宙が、まだずっと若かったころ。そこには、軽い元素しか存在していなかった……。
やがて、星々の誕生に際して働いた巨大な圧力によって、より重い元素がいくつか生まれたけれど、それでもなお、プラチナや金の元素が誕生するには及ばなかったの。
そのためには、星々がゆっくりと年をとり、そのうちのあるものが、やがて超新星となって凄まじい爆発を起こす――その時を、待たなければならなかったのよ……。
超新星爆発に際して発生する、膨大なエネルギーによって、初めて、プラチナの元素はこの宇宙に生み出されたの」
壮大なドラマを語り終え――
少女は、瞳をキラキラと輝かせて若者を見つめた。
「ねっ、分かってもらえた!? このちっぽけな指輪が、どれだけ壮大な宇宙の歴史と関わってるか!?
あー、何てロマンティックなのかしら!」
「……ユカ……」
若者は、ひとつ大きく頷いて、
「よく分かった……
俺はやっぱり、君のそーゆーところが好きだ♥」
「え…………
今の、そんな話じゃなかったと思うんだけど…………」
「細かいことは気にするな♥
――あ、ところで、さ。
プラチナの指輪――欲しいんなら、プレゼントしようか?
あ、いや、今は、持ち合わせなくって……この、ユカが気に入ってるヤツはムリだけどさ……」
「え? いや、これはいいよー。次、行こっ」
あっさりこんと言って、少女はショーウインドーから離れ、てけてけと歩き出した。
ちょっと面食らいながら、若者がその後を追いかける。
と、くるっ、と彼のほうを振り返り、えへへ、と笑って少女は言った。
「実は私、ちゃんとした指輪を持つなら、はじめの1本は、エターナルリングにしようと思ってるのよね!」
「《永遠の》――!?」
またも衝撃を受けて、のけぞる若者。
おそるおそる姿勢をもどして、
「まさか……それは……
何かこう、不老不死の力があるとか、持ち主が世界を支配するとか……!?」
「――――ゲームに出てくる魔王か? 私は。
そうじゃなくって。
あのね。エターナルリングっていうのは………………」
楽しげに語り合いながら、並んでてけてけと歩いてゆく二人。
ふたつの笑顔は、やがて、華やいだ人ごみのなかに見えなくなる。
ハッピー・クリスマス・イヴ――
【第1話 完】
「……もし、俺たちに子どもが生まれたら……」
「――ハァッ!?」
「いや、たとえばの話だ。たとえばの」
「……あー、びっくりした。
突然、何を言い出すのよ?」
通学電車に揺られながら、一(ヒトツ)は、苦笑して言った。
「大体、あたしたちが結婚するかどうかなんて分からないじゃん? 人生には、予期せぬ事態が満ちみちてるわけだし。
……たとえば、どっちかが出来心で浮気したのが発覚して、殴り合いの末に別れるとか。
たとえば、どっちかがイキナリ交通事故に遭って――」
「そういう不吉なことを言うな……。『たとえば』だって言ってるだろうが。
仮に、俺たちが結婚して、子どもが生まれたとしたら、どんな名前をつける?」
「……どうしてまた、イキナリそんな話……?」
「いや、何となく」
「はあ……。
そうね。うーん。ハッキリ考えたことがあるわけじゃないけどー……」
しばし視線を上向けて、沈思黙考していた一だが、
「あ!」
ぽん! と拳で平手を叩き、
「男の子だったら、『龍馬』はどう!?」
「龍馬!? 坂本龍馬か――?」
「そうそう! いいと思わない? 何かこう、漢気っていうか、世の中を変えてやるぜ、みたいな心意気が――」
「……いや……」
一の熱弁を、軽く突き出した手のひらでさえぎって、彼は言った。
「龍馬は、やめた方がいいと思う」
「…………どうして?」
「知らんのか」
重々しく、彼。
「彼は、京都河原町の近江屋で、暗殺者の凶刃に倒れた男だ――」
「え!?
あ……まあ……そういえばそうね……」
「何となく、不吉な運命に見舞われそうな感じが」
「……言われてみれば、確かに。
えーっとねえ……それじゃ……」
しばし考えて、一は再び、何やら思いついたようだった。
「そうだ。女の子だったら、『律』ってのはどう?」
「律?」
「うん。因果律の律。あたしの好きな漫画の主人公が、そういう名前でさ! いい名前だなーと思ったのよね。その主人公は、男の子なんだけどね」
「律。律……か……」
「……気に入らない?」
「ちょっと古風過ぎないか?」
「そーかな……? じゃーね、『灯』!」
「……それは何の話に出てくるんだ?」
「あ、バレてる!? ――知ってるかなぁ、新井素子さんの『チグリスとユーフラテス』。 そこにレイディ・アカリって人が出てきてね、あたし、その人のこと大好きなんだよね!」
「何かこう……吹いたら消えそうだな……」
「失礼ねー。希望のともしびっていうか、どんなに暗いときにも道を照らしてくれる、って感じの、いい名前じゃん?」
少々むくれた顔つきになった一だが、次の瞬間、
「あ」
ぱっ、と表情を輝かせ、彼女は言った。
「男の子だったらさ、数字の一に、守護の護で『一護』はどう!? ジャンプの漫画に出てくるじゃん。この名前、すっごくいいと思うんだよね! 一つのものを護る――なんて、すごくカッコイイじゃん!?」
しかし、一の笑顔とは対称的に、彼の表情はこわばった。
「――それは――
絶対に、やめたほうがいいと思う」
「……えー? なんで? どーして?」
妙に頑なな相手の態度に、不審を通り越して少しばかり怒りさえ漂う口調で、一は問いただした。
「ってゆーか……グリ、さっきから、あたしのネーミングにことごとくケチつけてるし! どうしてよ?」
「あ、いや……」
一は、彼の顔に『しまった』という文字が浮かぶのを見たように思った。
それと共に、何か……苦味か、痛みでも感じたような表情の揺らぎも。
彼は、ぼそぼそと言った。
「ただ……名前が『一護』だと、絶対、『ストロベリー斉藤』とか言って、からかわれるだろうなと思って……。
俺も、それで、自分の名前がものすごく嫌だったからな……」
「――え? 何で?
グリって、変わってるけど、すごくいい名前じゃん。
理を求める『求理』……
って、あああっ!?」
ぱかっ、と口を開けて、一は、恋人の顔を指差した。
「まさか……キュウリ!?
うわっ、今の今まで、全っ然気が付かなかった、あたし!」
彼がますます表情を固くしたことに、彼女はもちろん気付いた。
「あ、ごめん。
……もしかして……小っちゃい時、それでいじめられたりとかしたわけ?」
「まあな」
「あー……そっかあ。それで、子どもの名前、真剣に考えて……。
あー、そっかああ! 親心だよねえ!」
しみじみとした、しかし若干茶化すような響きのある一の口調に、求理が、今度こそ本気でむっとした顔をする。
しかし、一は、彼の顔を真っ直ぐに見て言った。
「でもさあ。
あのさ、まあ『一護』が、ストロベリーっぽい名前だとしてもだよ。
あたし、思うんだけどさ。
その名前をもらった子ども本人が、親がどんな気持ちを込めてその名前を付けたか、よぉーく知ってれば――他の奴らにどんなこと言われても、胸、張ってられるんじゃない?」
求理が、固まった。
表情はそのまま――
そこから、怒りの成分だけが、少しずつ抜け落ちてゆく。
「……『どんな時にも、何があっても、たった一つの一番大事なものだけは自分の手で守り抜ける、そういう強さを持った男になってほしい』って――
父さんと母さんは、そういう気持ちを込めて、あなたにこの名前を付けたんだよ! って。
小っちゃい時から、何度も、心を込めて、そう言ってあげればさ。
どこのどいつに、どんなこと言われても、笑い飛ばせるだけ強くなれるんじゃないかな、その子は。
――まあ、漫画から取ったって言ったら、怒るかもしんないけどね」
うん、と自分で頷いて、一は目の前の求理の肩を、ぽん、ぽん、と叩いた。
「『求理』だって、めちゃくちゃいい名前じゃん!? うん。誇れる名前だと思うよ。
だってさ、その意味って『この世のことわりを探求する』ってことでしょ?
すっごくカッコイイじゃん。
……読み方間違ったらキュウリになっちゃうけどさ」
最後の一言で、一は、求理が笑ってくれるだろうと思った。
そして、その通りになった。
「――野菜と果物親子になるぞ?」
「うわ! それ、いい!」
手を打って、一も笑った。
「かなり面白い! むしろ、ネタ?
……あ! それに、あたしとも『一』つながりだし、バッチリ!?
うわ、最高! ウケるー!」
電車が止まり、学校へと続く扉が開いた。
ホームに降りた一は、まだ「すごい、すごい」と笑いこけながら、改札に向かう。
その隣を歩く求理は「いつまでウケてるんだ、ちゃんと前を見ろ」と呆れたように言いながら、しかし、やはり同じように笑っていた。
――この二人に、子どもが生まれればいい。
その子は幸せになるだろう。
どんな名前をもらったとしても、それはきっと、その子にとって誇れる名前であるに違いない。
【第2話 完】
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