ぼやいた日 H15.5.9
「本人はどうやねん」

始めに書いとこうっと。決して個人攻撃ではありませんので^^;。


我が家に長男が生まれる前、女房と必死で子供の名前を考えた。何十個も候補を出して、画数を調べたり一つずつ検討して絞り込んでいって、ようやく決まった。子供のいる人なら分かると思うが、なんであんなに迷うのだろうか。やっぱり世間体は気にするよな。あまりにも変な名前は付けられないし、でもありきたりの名前も嫌だって思うし。ちょっと前に話題になったけど、「悪魔」という名前を我が子に付けようとして役所に突っぱねられた親がいたなぁ。あれはどう考えても子供のためを思ってはいないね、絶対。親が遊んでるぜ。
今風に言えば「あり得な〜い♥」。

子供の名前ってのは、子供の物だ。産まれたての子供に決めさせるわけにもいかないから、必然的に親が(たまにじいちゃん・ばあちゃんが)決めることになるんだが、最近の名づけ傾向、なんかおかしくないか?

例年の傾向としては、その年に活躍したスポーツマンや芸能人と同じ名前が流行る。ま、これはいいとしよう。少しでもその人にあやかりたいという親心の表れだから。でも同じ名前の子供があちこちにいるんだぜ?本人は嫌じゃないのか?多分街の中で『タクヤーっ』って怒鳴ったら数人は振り返るだろうな。

あと、男か女かわからない名前。「かおる」とか「ひでみ」とか「まこと」とか、男女どっちでもいるもんな。宝塚かっちゅうの。
男の子なら「郎」や「男」、女子のなら「子」を最後につけるという伝統は既に崩壊している。これらの字を名前に使っている人が自分の周囲に何人居るか、数えてみたらいい。年齢別にグラフにでもすればより判り易いですよ。

あ、それと外国人みたいな名前に無理やり漢字を当てはめてる人。
「亜里栖=アリス」「樹里=ジュリ」「健斗=ケント」etc...。じいさんばあさんになった時、似合わねぇだろうなぁ。

ウチはそういうの考えなかったなー。初めから基本構想は決まってたから、後は「字」と「音」を絞り込むだけだった。兎に角「誰でも読める名前」で無ければダメだと思った。だってさー、『名は体を表す』っていうけど、人から呼ばれて初めて名前は意味を持つんだろ?じゃあ、誰からも間違われずに読める名前でなきゃダメじゃん!

最近、読めない名前が異様に多い。長男が幼稚園に行き始めてからよその子供の名前を耳にすることが多くなったが、音で聴いてても字を見ると読めない。年賀状をもらって「この子、誰?」「○○ちゃんやで」「え?こんな字書くの?」っていうことも少なくない。『輝拓』『萌心』なんて、一体どう読むんだよ?確かにインパクトはあるけどなー。輝拓くんと萌心ちゃん、引き合いに出してごめんねーっ。おっちゃんは君達のことが嫌いで書いてるんじゃないからねーっ^^;

ちなみに最近の小学校や幼稚園は『連絡網』が無いらしい。女房に聞いてびっくりした。どうやら悪質な訪問販売やそれに類する迷惑行為につながる名簿の流出を防ぐためらしい。だからウチは長男の友達のフルネームを殆ど知らないし電話番号も数人しか知らない。長男が聞いてくるのを待つしかないのである。いざっちゅう時どうやって連絡とるんだ?
皆さんは、生徒や家庭を信用していない学校を信用できますか?

話がずれたけど、結局名前って、どうでもいいのかね?一つの肉体に宿っている「パーソナリティ」が中心で、名前はあくまでも記号に過ぎない、と。人からどう呼ばれようとも自分の個性は変わらない。どんな名前でもOKだと。それでいいのかも知れないなー。

でも、子供が大きくなってから文句言われてもどうしようもないしさ、流行りで名前を決めるもんじゃないと思うよ。
このコラムを読んでいるあなた、人から「何て読むんですか?」と聞かれた経験はありますか?「ある」と答えた人、名前の由来を親に聞いてみましょう。
そして納得するしないに関わらず、その想いを背負って生涯を過ごして下さい( ̄ー ̄)ニヤリ。

もう一度書いとこう。決して個人攻撃ではありません。あくまでも一般論です。



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