ぼやいた日 H14.10.9
「正義の味方」

最近、夜になると家の周りがうるさくなる。言わずと知れた暴走族である。
いかにもそれらしい格好はしていないものの、明らかに爆音を立てることを目的として走り回っている。若いなー、みんな。「命知らず」と言えば聞こえはいいが、 せめてヘルメットぐらいかぶらないと本当に危ない。後頭部にヘルメットを当ててるだけのミニバイクを良く見かけるが、あれも危ないな。そのうち死ぬぞ

昔、俺が大学生の頃はまだヘルメット着用義務がなかった。で、俺も友達のバイクを借りて走ってたけど、内心ヘルメットぐらいかぶらなきゃ危ないかなと思ってた。 自動車に比べれば、体が剥き出しのまま車の流れに乗って走るっていうのは恐怖感との戦いでもある。ま、ヘルメットかぶっててもダメな時はダメなんだけどね。

で、暴走族。彼らに限らず、自分で責任もって走り回って事故るのは勝手だけど、交差点を占拠したり逆走するのはみんなに迷惑なので止めていただきたい。 たまにTVの特番なんかで見るけど、警察が追い掛け回してるシーン。ゆっくり後についていってるけど、その後どうするつもりなんだろう? ついていけば暴走行為をやめさせられるとでも思ってんのかな? せいぜい運転を誤ったトロい奴を大勢でねじ伏せて逮捕するぐらいしか出来てないじゃん。

よく聞くのが「怪我をさせるわけにはいかない」ので無理な追跡ができないとかいう言い訳。それはおかしいだろって。 事故を起こして頭打っても平気だからヘルメット被ってなかったり無茶な運転をしてる奴が、コケて怪我しても警察の責任じゃないぞ。 それよりも早く周辺の交通秩序を取り戻す事のほうが要求されてるんじゃないのかね。「うりゃっ」てな感じで投網でもして、文字通り「一網打尽」にすれば?

日本の刑事事件でいっつも理不尽に思うのが、何故犯人(逮捕者)の手の辺りにボカシが入ってるのか。昔はそんな処理してなかったぞ。ハッキリと手錠が映っていた。 悪い事して逮捕されてるんだから、手錠がかかっていることぐらいみんな知ってる。わざわざ隠す必要ないと思うんだけど。
何かって言うと「人権」という言葉がのさばり出てくる。でも大抵の場合、被害者の人権よりも加害者の人権のほうが優先されている。 どう考えてもおかしい。日本の司法は民意に反して、一律に人権を認めようとする。ある意味正しいのかも知れないが、それでは被害者は浮かばれない。 司法関係者は、被害者の立場に自分が置かれた時、同じ判断が出来るのかってんだ。ぜぇ〜ったい無理。それで納得できるのなら、よほどの聖人君子だな。

俺の結論。『犯罪者に人権なし』。あっても二の次だ。大体さー、殺人を犯した奴が死刑になるのに、交通事故で相手が死んでも懲役で終わるっていうのが不公平だよなー。 被害者の家族からしたら『事故=不注意』でも『殺人=故意』でも結果は一緒だもん。

法律の壁があるのなら、その壁を取り除くことだって出来るはずだ。杓子定規に判断するのではなく、万人が納得いく判決が望まれているのだ。『罪と罰』のバランスが問われている。 何とかせにゃならんのではないですか?

え〜っと、『罪と罰』って、どんな話だっけ?(ーー;)



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