ぼやいた日 H14.9.29
「親の顔を見てやりたい」

夏が終わっちまったなー。夏はよかったなー。何が良いって、女性が薄着になるのがサイコー。 男性にとっては、一番いい季節が終わった。
でも、最近の女性ってキレイになったよなー。発育がいいのもあるけど、化粧品もいいのがあるし、服だってオシャレだし、整形も手軽に出来るし・・・。 そうそう、エステでお肌をキレイにするってのも流行ってるよな。
(余談:『エステティックのプロはエステティシャン、テクニカルマスターはテクニシャン、ならばピザのトッピングのプロは"トッピンシャン"だ!』と言い放った北島さん、あなたは偉い!)
最近では『プチ整形』なるものも流行っているらしい。『プチ整形』? なんだ、「プチ」って?
どうやら従来の(私が思っている)整形よりも手軽に出来るもので、永久的な整形ではないそうだ。なーんだ・・・と思っていたら小学生にも整形が流行っている? おいおい、ちょっと待てよ。なんで小学生が整形する必要があるんだ? 

元々、私は整形している人を軽蔑している。私は、「整形とは、"美"を目的として体に手を加え、遺伝子に逆らった加工を施すこと」と定義している。世間でどう思っているかはゴミ箱に捨てておく。ポイッ (/・・)/ ⌒−〜
上記の定義からすると、ピアス穴を開けたり髪の毛を染めたりするのも俺の中では整形。勿論、二重瞼にしたり鼻を高く等の手術も入る。重要なのは、その行為が「必要か否か」だと思う。

例えば、万人が見て「こいつ、ぶさいく」という人がいるとする。 その人にしたら「せめて二重だったらもう少し可愛く見えるのに・・・」とも思うだろう。なら整形して満足すればいい。 「二重あごのせいでお見合いを二桁断られた」という人はお肉をとって新しい見合いに臨めばいい。
じゃあ、単に「二重にしたい」というだけでは整形してはいかんのだろうか。いや、そうでもないだろう。綺麗でありたいというのは女性の永遠のテーマに違いない。 それをも否定する気はない。が、一般的に見て十人並みの人が「鼻高くしたい」とか「小顔にしたい」とか言ってるのを聞くと、「ゼータク言うな!」になるのである。

自分の中で鼻や目がウィークポイントだと思って解消したい気も判るが・・・(ここで登場した女房と延々討論・・・ ( iдi ) ハウー)

      −10分経過−

どうやら、女房は限定付きで整形肯定派らしい。自分の顔・容姿にコンプレックスを持ったまま暗く生きるぐらいなら、整形して明るく生きられるのならそれも方法の一つ、ということらしい。 やはり自分に引け目があると思っている人には、自分を変える確実な方法の一つであるらしいのだ。 なるほど、整形一つでお見合いが上手くいって、いい男性を捉まえることが出来れば女性としてのある意味「勝利」なのかも知れない。

でもねぇ・・・。どうせなら整形したことは最後まで黙っておかなきゃいかんのじゃないか?もし自分の彼女から「私、実は整形なの」とか言われたら、かなり複雑な心境になると思う。 「俺の好きなこの顔が、せ、整形だとぉ〜?」てな感じでもめそうだ。「私、整形してます」って言いながら見合いする女性もいないだろう。 騙すなら徹底的に騙し通す。卒業アルバムなんか速攻処分。絶対人に知られてはいけない秘密として、墓まで持っていくべきだ。

で、プチ整形である。どうもここまで考えて見ると、プチ整形は完全に「化粧」の一部なのだ。ピアノの発表会で娘を着飾ったり美容院に連れて行ったりと同じ感覚なのだ。 ならいいか・・・とはいかねぇぞ!
普通、小・中学校の子供が「ピアスしたい」とか言い出しても止めさせるのが親の役目じゃないか? 綺麗にする為に率先して娘の体にメスを入れるなど、親のすることじゃあない。何考えてんだ。 例えそれが一時的な『プチ』整形であったとしてもだ。本当に『綺麗な』人っていうのは、内面から輝いている。 外見が整っていても全く中身が伴っていない奴ぁ、それだけの人間ってことよ。

『高級国産牛肉!』→ホントは輸入肉でした。  な〜んてな。

※このコラムは、bouzhageさんからの議題提案を元に作成しました。



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