バレンタインの空

 年が明けて一ヶ月が過ぎ、最も寒い季節がやってきた。
クリスマス、お正月が過ぎると、今度の日本の行事は、聖バレンタインデーになる。
 そのバレンタインが近い日曜日、ゆかりは寮から程近い駅ビルに、買い物に出かけていた。
 週明けに部活で使うための画材を買った後、何となく楽しげな雰囲気に誘われるように、ビル内を散策していた。
本屋、お洒落なカフェ、ケーキショップや可愛い小物の雑貨店など、見ていて飽きない。
 雑貨店の一角に、バレンタイン用のお菓子のコーナーが作ってあって、変わったチョコが置いてあるのが目に入った。
「‥先輩にあげたら喜ぶかな。」
 チョコは、手作りしてもいいかなと思っていたのだけど、
目の前にあるチョコはなかなか見かけない形をしていて、買いたくなってしまった。
 どうしようか迷って、手にとって眺めながらじっくり考える。
先輩にチョコを渡すのは、少し恥ずかしい気もするが、いつもお世話になっているのだからお返ししたいし。
このチョコならきっと楽しんでもらえるはず。
そう思って、ゆかりはそのチョコを何個か箱に詰めてもらった。
 さらに、ビルの入口にある特設コーナーで、少しずつ種類の違うチョコを買った。
「ええと、これは夕歩で、こっちは順。」
夕歩は素直に喜んでくれるだろうから、あげるのは楽しみだけど。
『そめや〜〜〜〜!!順ちゃん感激ィィィィ!!』
とか言いながら、順は抱きつきに来たりするのでやっかいだ。
 昔だったら、綾那が割って入って順をど突き倒して、漫才が始まるのが常だった。
思い出すと懐かしくて面白かったりおかしかったり、ほんわかした気持ちがよみがえる。
 すこし笑顔を見せて、ゆかりはもう一つ、違う種類のチョコを手にとってレジへ向かった。

 バレンタインデー当日は、土曜日で授業は休みなので寮を移動して相手を探すことになる。
女子校ではあるけれど、朝から浮き足立った空気が流れていて、寮内もいつもより賑やかだった。
 特に禁止の規則もないので、わりとみんな楽しんでいるように見える。
今流行の友チョコを渡す人もいれば、先輩や同級生や下級生に本命チョコを渡す人ももちろんいる。
刃友同士はチョコを渡す確率は高いのではないかと思われた。
 そんなことを考えながら歩いていると、丁度向こうから、夕歩が歩いてくるのが見えた。

「わあ、私にくれるの?ありがとう、ゆかり。」
にこにこしながら、夕歩は受け取ってくれる。
「私もゆかりにあげようと思って。はい。」
「ありがとう、夕歩。可愛いチョコね。嬉しいわ。」
 夕歩がくれたのは、可愛いラッピングが施された、大抵の人なら知っている有名店のチョコだった。
「ほんとは手作りしたかったんだけど、暇もなかったし、うるさいやつもいてね。」
「あら、順は夕歩の手作りチョコなら一番欲しがるでしょうに。」
 いかに欲望に忠実なお調子者でも、病気からやっと回復した彼女の体調を第一に考えたらしい。
「作っても順なんかにはあげないよ。」
茶目っ気たっぷりに夕歩は言う。
「ひ〜〜〜め〜〜〜!!それは酷い!!順ちゃん絶望!!!」
どこからか一瞬にして順が現れ、夕歩を抱きしめようと後ろから手を差し出した。
 が、これまた一瞬にして夕歩の姿が消え、順が一回転して宙を舞う。
「!!!んなぁあっ!!」
ごっっ!!と良い音を響かせて、順は見事に後頭部から地面に着地する。
「姫っていうなっ!」
「さすが夕歩。見事な合気道の技ね。」
一歩後退って成り行きをみていたゆかりは、思わず拍手していた。
「も〜〜〜、夕歩ってばひどいな〜〜‥‥」
頭をさすりながら、ぶつぶつ言っている順はまだ寝転がったままだったが。
「おお。良い眺‥‥!!!」
「!なっ!!」
どごっ!!!
 すさまじい音がして、今順の顔があった位置に、鞘つきの刀が突き刺さり、見事に廊下が抉られる。
「‥ちょっ!!染谷!!ぶないっしょっ!!」
さすがの順も青い顔をして避けた格好のまま叫ぶ。
「‥ちっ。ていうか、覗いてる順が悪いのよ。」
まあ覚悟することね、と言って刀を後ろに戻すゆかり。
「そうよ、それは順が悪い。」
夕歩も動じずに頷いてる。
「もーー二人ともひどいわ。順ちゃんさみしいっ。」
 座ったまま背を向けて、のの字を書いてる順をあきれ半分で眺めていたゆかりだったが。
「あ、そうだ。順これあげる。」
すっかり忘れていたが、順の分のチョコもあったのを思い出し、持っていた袋から取り出して、差し出す。
「そめや〜〜〜〜!!順ちゃん感激ィィィィ!!」
「何で想像したとおりのリアクションなのよ。」
額に手を当てて、ため息を一つ。
「よかったね、順。ちゃんとホワイトデーにはお返ししてね。」
「じゃあ私、行くわね。また後で。」
 わーいわーいと喜んでいる順とそれを見ている夕歩に声をかけて行こうとすると。
「あ、染谷、ありがとうね♪綾那にもよろしく。」
ウインクしながら、順が手を振る。
「‥綾那のところへは行かないわよ。」
「あらら、そーなの?」
「そうよ。じゃあね。」
「ありがとうね、ゆかり。」
 夕歩は順を引っ張りながら、微笑んで手を振ってくれた。
それに手を振り返して、ゆかりは廊下を歩いていった。
「‥さすがにまだ無理なのかねえ。」
ゆかりの姿が見えなくなると、順がつぶやく。
「どうなんだろうね。うまくいくといいんだけどね。」
夕歩も心配そうに見送った。
 今は見守ることしかできないのを歯がゆく思いながら。


 綾那のところへは、行こうかどうしようか、まだ決めかねていた。
(とりあえず、先輩のところへ行こう。)
 槙先輩は今日、部活に出ると言っていたので、学園に行くことになる。
自室に一旦戻り、制服に着替えて学園に向かった。
 外に出ると二月の半ばだというのに、異様に暖かかった。
もう春が来たような陽気になっている。
季節も浮かれたりしているのだろうか。
 周りにもちらほらと生徒の姿が見えて、運動部がグラウンドで練習していたりする。
周囲のにぎやかさと打って変わって、ゆかりの気分は落ち着かないものになっていた。
前よりはよくなっている、と思う。
いろいろなことがあった。
でも、どうにか止まらずに来ることができた。
「‥‥綾那‥‥。」
ゆっくりと歩きながら、声に出してつぶやいてみた。
 その時、暖かな光を感じてふと足を止めた。
目を細めて見上げると、雲の切れ間から明るい太陽が覗き、眩しい光を放っている。
青い空に映える希望の光は、かつてのあの人を思い出させる。

 ふいに、暖かい気持ちが心に溢れてきた。
決して、独りでここまで来れたわけではない。
順や夕歩や、槙先輩、みんなのおかげだと思った。
 さっきの順たちのように、自分のことのように心配してくれている。
そんな人たちに囲まれて、なんて幸せなんだろう。
きっと、何もなかったら気づかなかっただろう。
そして何より、自分の心の中から失われていないものの存在がわかる。
 まるで、心の中に太陽があるみたいに。
その輝きが自分に力をくれているのだ。
 大丈夫。
いつか必ず、取り戻そう。
 ゆかりは、いつの間にか閉じていた目を開けて空を仰ぐ。
槙先輩の好きな青い空。
綾那がいつか獲る、と言っていた星の浮かぶ空。
 ありがとう。みんな、力を貸してね。
大切な人たちに会いに行こう。
会って、ありがとうと言おう。
 そう決めると、ゆかりは校舎に向かって胸を張って前を向いて歩いていく。
後ろから照らす太陽に負けない晴れ晴れとした笑顔で。
                                                 end.



‥おかしいな。先輩にも綾那にも会わずに(笑)
ゆかりを書くならとりあえず、心の太陽を書きたかったの(笑)
ごめんねまゆさん(笑)エロにもあまあまにもならないSSで‥orz
一応続く、ってことで。槙先輩と綾那に会いに行きます。
<'09.2.14>


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