この世の果て

屋上に上がって、夜空を眺めていた。
夏の終わりの雨上がりの星空は、首都圏の郊外とは思えないほど綺麗に瞬いている。
手にした紙の板を少しずらして、位置を合わせる。
細かい輝きは到底分からないのだけれど、少し目立つ星なら見つけることが出来る。
紙板と夜空を交互に見つめながら、堅いコンクリートの床に寝転がった。
夜の闇に瞬く星の光は綺麗だ。
手を伸ばしても掴むことは出来ないが、そこにあるれっきとした事実だ。
もし掴めることができるなら、きっと誰かが手を伸ばしているに違いない。
『…星を見ているのか?』
聞き慣れた大陸の言葉に、我に返った。
声のした方に視線を送る。
暗い闇の中にほのかな赤い星が瞬くように、こちらを見ている我が刃友。
『…そうよ。よくここがわかったわね。』
寝転がったまま苦笑混じりで答えると、炎雪は音もなく近寄ってきて、隣に腰を下ろした。
『…メイの行きそうなところは何となく解る。』
しゃくしゃくと音がした。
何かを食べながら、炎雪が答える。
棒のアイスを食べているようだ。
夕方、食堂で買って冷凍庫にしまっておいたものだろう。
食べきる前にここに来たのだから、本当に居場所が分かるのかもしれない。
『美味しそうね、アイス。』
『……食うか?』
返事をする代わりに手を伸ばしたら、アイスの棒を掴む前にその手を掴まれた。
しゃくっと欠片を囓る音がして、炎雪の顔が近づく。
口づけと共に、冷たい欠片が口の中に押し込まれる。
瞳を閉じて、炎雪の熱い唇と冷たいアイスの感触を同時に楽しんだ。
程なくして炎雪は唇を解放する。
『……うまかったか?』
『…ええ。あっという間に溶けちゃうのが残念だったけど。』
素直に感想を述べると、炎雪がかすかに笑ったような気配がした。


そのまましばらく、黙って二人で星を眺めていた。
炎雪と二人で静かな空間に居るのは心地よかった。
他には何もない。
うるさい音も、煩わしい人間関係も、生きていく為の詭弁も、努力も。
あるのは夜空と星と、我が刃友。
ふいに、手を伸ばして炎雪を捜すと、隣にあった手に触れた。
少し安堵して、そのまま触れておく。
『…メイ、星は好きか?』
『そうね。好きよ。…行ってみたいわ。遠い星に。』
『そうか。…そのうちいけると良いな。』
少し笑った感じのする、柔らかい返事が返ってくる。
いつも無表情な炎雪にしては珍しい。
そうは思ったが、自分の思考が明瞭ではなくなっている気がする。
『……ん……。その時は…一緒に…来て…ね…。』
炎雪、と言ったつもりだったが、もう届いてないかもしれない。
意識の中では、星が目の前にあった。
周りは星空の海だ。
瞬いて見えた星は、近寄ると青く光る瑞々しい星になった。
ああ、地球と同じなのね。
私はまだこの星に執着があるのだ。
そう思えて幸せだと思った。


穏やかな寝息をたてて、瞑子は眠ってしまったようだ。
触れたままの手を少し弄びながら、どうするか思案する。
瞑子は一度寝たらほとんど起きることはない。
朝まで屋上に置いておくわけにもいかないので、背中におぶって部屋に戻ることにする。
担いだ時、その耳元に何かを囁いてから、炎雪は階下へと向かう階段をゆっくり下りていった。




夢うつつの中で、心に直接響くような声が聞こえた。
『いつまでも一緒だ。メイ。』
嬉しかった。
明日には覚えていないかもしれないが。
またいつか、いつでもきっと思い出せるに違いないから、大丈夫。
どこまでも貴方と共にありたい。
素直にそう思えるのも幸せだった。

            END
08.09.07

おまけ