作成日: 07/10/14  
修正日: 08/9/14  

メイのたんじょうび

にくさかなメイ


 今日は誕生日だった。
瞑子は、朝起きてそれを思い出した。
平日の金曜日なので、今は寮の自室で学校に行くために身支度を整えている最中だ。
瞑子は特に何の予定もないまま、今日を過ごすつもりだった。
 普通なら誕生日が嬉しい年頃だと思うが、瞑子は自分が普通とは言い難いと自覚していた。
無邪気に誕生日を祝ってくれる友達がいるわけでもないし。
自ら望んでそういう環境を作り上げたので、まあ別段問題はないのだが。
司ぐらいは何かくだらない祝いを考えているかもしれないが、にっこり笑ってありがとうというぐらい、どうという手間でもなし。
後は実家から何か届くかもしれない。
ハムとか黒毛和牛とか、少しリクエストでもしておけば良かったと今になって後悔した。
自分では特に欲しいものもないが、炎雪の好きなものは、高級なものだとちょっとした費用がかかる。
 そう思いながら、刃友の方に視線を送る。
炎雪はゆるゆると着替えている最中だった。
 炎雪は食べる、鍛錬する、星獲りをする時と、自分の興味がある時以外はあまりしゃっきりしてはいない。
もちろん誕生日などには全く興味がない。
自分の誕生日の時も、覚えていなかった。
瞑子がごちそうを用意したので思い出していたぐらいだ。
……期待も何もあったもんじゃないわね。
周りにも期待していないのに、今更何を考えているんだろうと、自分の考えに少し苦笑した。
それとも、誰かに祝って欲しいのだろうか。
「炎雪、食堂に行くわよ」
そんなことも今更だ、と思いながら連れだって自室を出た。

 食堂にはそれなりに人が集まって朝食を摂っていた。この時間だと制服を着て、食べたら教室に向かえるように用意をしている生徒がほとんどだった。
食堂は結構早くから開いていて、早めに食べに来る生徒、用意を一通り終えてから来る生徒と、さまざまだった。
瞑子と炎雪は後者の方だ。
この辺は好みの問題だが、今日はいつも見かけない二人組がいるのを見つける。
「あら、おはよう。玲に祈さん。こんな時間に珍しいわね」
現在挑戦者の最高位にいるSランカー二人組だ。
もう食べ終わったのか、食器を片づけて出ようとしている。
「ういーす」 
「おはよーございます、氷室さん、炎雪さん」
玲を名前で呼び捨てにしたことに、紗枝の眉が一瞬ぴくりとしたのを見て、瞑子は密かにほくそ笑む。
 今この学園で瞑子の興味の範疇にあるのは、炎雪と紗枝ぐらいだった。
せっかく朝から見かけたんだから、少しからかっておかないと面白くない。
「久しぶりだな、瞑子。なんか今日は、紗枝がやたら起きるのが遅かったんだよ」
玲も眠そうに、あくびをかみ殺しながら応える。
玲達とは、Sランカー時代に面識がある。
玲にはその時、瞑子と名前で呼べ、と言っていたのだが彼女はそれを未だに律儀に守っている。
外見と違って真面目に人の話を聞くので、玲のこともわりと気に入っていた。
逆に紗枝は、何かと玲にちょっかいを出す瞑子のことが気に入らないらしいが、そんなことは知ったことではない。
気に入らないと言われると、逆に興味が湧いてしまって、現在の関係に至っている。
「ふふ、そんなにお疲れとは。昨日も相当お楽しみなのね」
からかい混じりに言ってやると、玲は素直に顔を赤くして、紗枝に小突かれていた。
「何のことかわかりませんけどー」
紗枝がにっこり笑って近寄ってくるので、何をしてくる気だろうと瞑子は少し身構える。
「はい。お誕生日おめでとうございます、氷室さん」
そう言って紗枝は瞑子に、手の平サイズの四角い物体を差し出す。
パックのオレンジジュースだった。
「……あ、ありがとう……どういう風の吹き回し?」
受け取りながら、瞑子は素直に面食らってしまい、ついつい声に出して紗枝に尋ねてしまった。
「え?ただ単に、今日は氷室さんの誕生日だなって思い出して。それだけですけど?」
紗枝はいつもの、底に何かを湛えた雰囲気とは違って、きょとんとした顔で応える。
「………そう。ありがと……」
思わずまた素直にお礼を言ってしまった。
……何か調子狂うわね。
「へえ、瞑子、誕生日なのか。おめでとーさん。…今晩はやつに可愛がってもらうといーぜ。へへへ」
じゃーな、と笑いながら、玲は紗枝と連れだって食堂を出て行ってしまった。
何か凄いことを言われたようだが、つっこむ気もなく見送ってしまった。
『…メイ、誕生日なのか』
『…え、あ、ええ。そうなの』
それまで黙々と洋定食を食べていたやつ、もとい炎雪が口を開いた。
『それはめでたいな』
『…ありがとう』
『……ん』
炎雪は自分の皿から、ソーセージを一つフォークでぷすっと刺し、瞑子の口元へ持っていく。
『……何?』
『…あーんしろ』
プレゼントだ、といいつつソーセージを勧めてくる炎雪。
『……ありがとう。いただくわ』
笑顔が多少引きつってはいたが、大人しく口を開けて炎雪のプレゼントを貰った。
「……なんなのかしらね、今日は」
もぐもぐしながら瞑子はひとりごちる。
『何か言ったか?』
『ううん。何でもないわ…』
『…夜も楽しめるな』
「…えっっ」
炎雪が、にやりと口角をゆがめて笑う。
『……そう、まあいいけど……』
私の誕生日なのに炎雪が楽しんでどうするのかしらと思いつつ。あたりに人がまばらなのを確認して、炎雪に素早く口づける。
『…まあなんでもいいわ。ありがとう、炎雪。夜も楽しみだわ』
たまには獣になってみるのも悪くはない。


「……あっ…んっ…炎雪…」
『メイは本当に感じやすいな』
「……な、なに…言って……ぁっ」
『…メイ、あいつのこと好きか?』
『……あいつ……って…?祈さん…?』
 こんな時に炎雪は一体何を言い出すのか。
しかも、今日は何を焦っているのかかなり性急に求めてくる。
覆い被さってくる熱いぐらいの身体に組み敷かれていたが、背に回していた腕を頬まで戻し、少し乱暴にキスで口を塞いでやる。
いつもは炎雪の十八番だが、たまにはいいだろう。
暗闇でこちらを見る瞳が、不安げに揺れているような気がした。
『今朝のメイはとても嬉しそうだった』
……そう見えたの?……いえ、あれは嬉しかったというよりびっくりしてただけなんだけど。
それで今日はいつもより乱暴……ええと、焦ってたわけね。
炎雪がこんなヤキモチのような態度を取ることは珍しかった。
『……バカね…』
首に腕を回して引き寄せ、もう一度口づける。
こんなことするの、あなたしかいないじゃない。
炎雪も目を細めて、キスを返してくる。
何度も何度も二人で口づけを交わす。
普段の炎雪は決して人に表情を読ませるようなことはしない。行為の時でもほとんどわからないのだ。(観察できるほど余裕もないのだが)
でも、今日は驚くほど情感たっぷりだ。
瞳が、唇が、動作のすべてが炎雪の気持ちを物語っているかのようだ。炎雪の意外な面を見られて、瞑子はとても満足していた。
『…あなたがいいのよ、炎雪』
 愛してるとはわざと言わないでおいた。
こんなに好きなのが自分ばかりではずるい気がして。
火照った身体を炎雪の身体に密着させる。
『…ん……私もメイがいい…』
炎雪が優しく抱きしめてくる。
さっきまでの性急さはなく、こわれものを扱うように優しく。
身体中隅々まで優しく愛撫してくれる。
二人の胸の鼓動が、正しく同じリズムを刻んでいる。
愛してると言わなくても、筒抜けだ。
「…おめでとう、メイ」
もう一度、唇に優しくキスをしながら炎雪が囁く。
「…ん…ありがとう、炎雪……」
口づけに酔いながら瞑子は素直に応えた。
今日は今までで最高の誕生日だと思った。



 翌日、出かけていた瞑子が少し遅く自室に戻ると。
『…メイ、何かきたぞ』
炎雪がなにやら一通の封筒を差し出してきた。
「…瞑子様?…名前だけで届いたのかしら」
封筒には瞑子の名前しか書いてなかったが、昼のうちに司が、家から預かって持ってきたらしい。
『メイが居ないとわかるとすっ飛んで逃げていった。
 別にとって食ったりしないんだが』
まずそうだし、と呟く炎雪の言葉にはとりあえず反応せず、封を開けてみる。
中には某有名デパートにテナントしている、これまた有名な牛肉専門店の。
「最高級松阪牛十キロ引換券?」 なるものと。
「瞑子様、お誕生日おめでとうございます。」
と、丁寧な毛筆で書かれた一筆箋が入っていた。
「………………………………」
祈さんのオレンジジュースで驚いたから、もうそんなことはないだろうと思っていたのに、また驚いてしまった。
…確かに昨日は、肉でも貰おうかしらと考えてはいたけれど、まさか本当に送ってくる人がいるとは。
一筆箋の字をしげしげと眺めていた瞑子は、これを送ってくれた人物に思い当たる。なるほど。
「……さすがね。私の欲しいものがわかるなんて。
今度家に帰ったらお礼言わないと…」
『何が来たんだ?』
『炎雪、おいしいお肉、山ほどもらえるわよ』
『そうか。それは嬉しい』
『よかったわね』
無表情のまま喜んでいる?刃友を面白そうに眺めながら瞑子は思った。
世の中はまだまだ不思議に満ちてるかもしれない。
                         end.




これは去年(2007)の瞑子さんのお誕生日SSです。
冬コミ発行の「Black DIamond」に掲載してます。
今年はどうなるんでしょうね瞑子さんの誕生日(笑)