作成日: 08/03/09  
修正日: 08/03/09  

暗闇から-Outside1-

Kiss&Cry


会長室を辞してから、二人での帰り道。
校舎を抜けて、一旦外へ出る。
青白く冷たい月の光と刺すように凍える寒空の中、寮に向かう道を黙々と歩き続ける。
『…炎雪。傷、痛む?』
唐突に、並んで歩いていた瞑子が炎雪に尋ねる。
『…いや。今は痛くはない』
淡々と歩を進めながら応える炎雪。
鎮痛剤がまだ効いているようで、ほっとする反面。
『…そう。ならよかったわ』
『大丈夫だ。これぐらいならすぐ治る』
言い出した割に、どこか歯切れの良くない瞑子を不思議に思ったのか、炎雪は普段の口調で言葉を続ける。
『…私の傷の治りが早いのはメイも知っているだろう?』
瞑子はかすかに頷く。
確かに炎雪は他の人よりかなり回復が早い。
玲あたりからは人間離れしているとよく言われる。

『…そうね。ねえ、炎雪』
一旦言葉を切る。
『もし、それで…私を庇ったりしてるのなら…そんなことしないで』
何かを堪えるように。
瞑子は歩みを止めて、その後押し黙ったまま、その場に佇む。
『……メイ…』
瞑子は、数歩先に進んで振り返った炎雪に視線を向けた。
暗闇でもよくわかる、赤銅色の瞳。
熱い情熱か、残忍な血の色か。
両方を宿す獣の目。
炎雪も、顔を上げた瞑子の。
黒い、だがほのかに群青の彩りを見せる瞳を注視する。
炎雪の瞳からは感情を読むことは出来ない。
だが、今日の瞑子の不安定な感情は読まれてしまいそうな気がする。
『…怪我ならいいわ。けど、もしそれが命取りになったら…』
そうなったら、悔やんでも悔やみきれない。
そう思った一瞬の後に、瞑子は自分の感情に唖然とする。
今、何と言った?私の心は。

今までそんな事、いや、他人にそんな気持ちを抱いたことはこれっぽっちもない。
他人のことなどどうでもいいではないか。
炎雪ももちろん他人だ。
いや、他人よりは今は少し深い関係ではあるが。
それでも今まで、そうなった人を失いたくないと思ったことがなかった。
『…死にはしない。他人にそこまでする義理はない』
無表情なまま、炎雪は淡々と応える。
瞑子は炎雪の声に我に返る。
『……そうね。確かにそうだわ』

炎雪の答えを聞いた後、ほんの一瞬。
瞑子の心は痛みを感じた。
そう、他人の事なんかどうでもいい。
俯いて、一瞬だけ目を閉じて、今の感情を捨てようと努力する。
目を開けて、再び顔を上げようとした時。
ふいに右手に温もりを感じる。
瞑子の右手が、ぎゅっと固く握りしめられる。
炎雪の左手に、温かく包まれていた。
驚いた瞑子が顔を上げると、いつの間にか炎雪が隣に戻ってきていた。

炎雪は、瞑子の手を握ったまま引いて歩き出す。
『…行くぞ、メイ。…寒いし腹が減った』
『……え、ええ』
慌てて炎雪を追う。
右手を引かれたまま、夜道を黙って歩き続ける。

寒さが一段と増した気がする。
だが、繋いだ手から感じる温もりに、心が安堵していた。
「…炎雪」
「なんだ?」
「……ありがとう」
一瞬、瞑子の方をちらりと見た炎雪の表情が綻んだ気がした。
「…メイ」
「何?」
「…にくたべたい」
ぶはっと、瞑子は似合わない吹き出し方をする。
そして笑いながら応える。
「わかったわ。…でも肉なんかあったかしら……」
呟きつつ、二人で身を寄せ合って歩いていく。

まだしばらくこの温もりを離さないでいられる事を密かに喜びながら。



ーー獣は人には従わない。
だが、一度主と認めた存在には
たとえ命を賭けてでも添い遂げるーー

end.
BGM:Beautiful World(Utada Hikaru)