いつもと変わらぬいつもの時間。

 瞑子は、自室で机に向かって何かを読んでいた。
白い数枚の便箋に書かれた手紙。
本を読むよりよほどゆっくりと、時間をかけて眺めている。
とりあえず一読して、ため息をひとつ。
『‥‥どうした?メイ。』
 テレビに向かって、背中を向けていた炎雪が、振り向いて声をかける。
どこまで理解しているか分からない日本語のバラエティ番組は、ため息ひとつで
中断できるほど静かなものではなかったが、彼女は耳ざとく聞きつけたようだ。
『‥‥なんでもないわ。』
『‥‥また恋文か?‥物好きなやつが多いな。』
『‥‥‥余計なお世話よ。失礼ね。』
 炎雪は、立ち上がって瞑子の後ろから手紙を覗き込む。
これもまた、日本語で書かれているので完全に読めるわけではないのだが、
何となく良い気分ではない。
 瞑子は剣待生のなかでも、悪名の高さは群を抜いている。
本人もそれは間違いなく認めている(笑)
だが、世の中にはどうしても変わった輩はいるもので、そんな瞑子にも
たびたびラブレターなるものが舞い込んでくるのである。
 ちなみに、炎雪にもたまに日本語の手紙が来たりするが、本人が読む気がないので
瞑子が読んで、丁重に破棄させてもらっている。
(さすがに面白くないしね。)
 そう考えると、炎雪が瞑子へのラブレターに目ざといのも、面白くないと思っている証だろうか。
『‥ねえ、気になる?』
瞑子は少し期待しつつ聞いてみる。
『‥‥さあな。』
『‥‥さあなって。』
表情に変化もつけず、間髪入れずにそんな微妙な答えを返されても。
全然分からない。
期待した分、ちょっと損をした気分になった。
「あ〜あ。つまらないわ。世の中はバレンタインだというのに、
私の目の前には肉をチョコでコーティングしたのを喜ぶけものしかいないなんて。」
う〜〜んと伸びをしながら、今の気持ちを素直に声に出してみた。
『‥?』
目の前のけものは、やっぱり理解してくれてはいなかった。
がっくりとうなだれる瞑子。
『どうした、メイ。ちゃんと喋ってくれないと解らないぞ?』
『‥‥もうすぐバレンタインでチョコが食べれるわよ、よかったわね、って言ったのよ。』
どうでもよくなってきたので、適当なことを言う。
『‥ああ。ばれんたいんか。チョコの日。』
『そうよ。世の中が甘ったるくなる日。』
 炎雪は、ひとつ頷くと、クローゼットの方へ行き、扉を開けて中をがさごそと漁る。
戻ってくると、手にひとつ、包みを持っている。
可愛らしい包装の小さな箱。
『メイにやる。』
そういうと、ポンと包みを投げてよこす炎雪。
「‥えっ!?」
瞑子は慌てて、箱を落とさないようキャッチした。
「‥‥‥チョコ?」
まだ半信半疑な表情で、瞑子はおそるおそる炎雪に尋ねる。
 炎雪はこっくりと頷く。
いつの間にこんなものを買ったのだろう。
『この前駅ビルに行った時、祈がいて、買えと言った。』
 瞑子の頭に浮かんだ疑問を読み取ったのか、炎雪が答えた。
この前の日曜日に、二人で駅前のビルに出かけたのだ。
本屋で本を探している間、どうも姿が見えないと思ったら、そんなことをしていたのか。
(‥また祈さんがらみっていうのは気にいらないけど。)
『祈も神門と一緒だったぞ。メイが喜ぶから、と言って連れて行かれた。』
祈、と思い浮かべると表情に出るのか、律儀に教えてくれる炎雪。
 そういえば、バレンタインが近いので、駅ビルでも特設コーナーを設けてチョコを売っていたのを思い出した。
にっこり笑いながら炎雪を案内する紗枝の姿を思い浮かべると、ちょっとむかついたが(笑)
『‥一応お礼いっておくわね。ありがとう、炎雪。嬉しいわ。』
一応、にっこり笑っておく。
炎雪からプレゼントなど初めてもらったのだから。
嬉しいような微妙なような、変な気分ではあった。
 炎雪は、瞑子のほうをじっと見つめている。
『何?炎雪の分は明日あげるから。』
まだ最後の仕上げをしていない。(チョココーティングの肉だから)
炎雪は首を横に振る。
『‥開けないのか?』
『‥今から?もう寝る時間だから明日一緒に食べましょう。』
 もしかして、今食べたいのかと思ったが、首を縦に振ったので安堵した。
何となく、開けるのがもったいない気がして、もう少し置いておきたかった。
『じゃあ寝ましょ、そろそろ。』
 机の上を片付けようとして、先ほどの便箋を広げたままだったことに気づく。
少し焦ってしまおうとした時、炎雪が横から手を出して、その手紙を持っていってしまった。
『!ちょっ、炎雪‥。』
炎雪は、それをくしゃくしゃっと丸めて、ゴミ箱へ捨ててしまった。
『こんなものはいらないだろう?』
口角をにやりとゆがめて、いつものように不敵に笑う。
『‥‥妬いてるなら妬いてるって、素直に言えば良いのに‥。』
そうすれば解りやすいし。
わざわざチョコで気を引かなくたっていいのに。
そうは思ったが自然と笑みがこぼれてくる。
 オレンジ色の瞳を見上げると、後ろから抱きしめられ、唇にキスを落とされる。
『‥言わなくてもわかるだろう?メイなら。』
『わからないわよ。言って欲しいっていつも言ってるでしょ。』
言葉とは裏腹に、空気は優しい。
 もう一度キスをしてから、そのまま、二人でベッドにもつれ込んだ。


 炎雪の腕の中でうとうとしていると、頬にキスされて少し目が覚めた。
こちらを見つめているので、キスをお返ししてから尋ねる。
『どうしたの?炎雪。』
『‥メイ、恋文を大事にしているのは何故だ?』
『?‥ああ、捨てないから気になる?』
 思い当たる節を口に出すと、炎雪は真剣な顔で頷く。
 今日の手紙は捨てられてしまったが、ほとんどの手紙はとっておいてある。
『真剣に思いを伝えるって大変だからよ。私には真似出来ない。だから、敬意ぐらい表したいかなって。』
まあそれだけなんだけど、と呟く。どうせ、弱味にできそうな人物から来る訳じゃないしね。
『そうか。ロマンチストだな、メイは。』
 少し笑いを含んだ炎雪の声。
『‥気になるからとっておくのよ。って言ったほうがいい?』
 意地悪く言ってやると、拗ねた顔をして視線をそらすので、両手で頬を捕まえて、
こちらへ向けてやる。
 拗ねた顔も可愛いわね、と言って唇を塞いで抱きしめると。
『‥‥言わなくていい。』
 もう一度しっかり腕の中に抱きしめられて、幸せな気分に浸りながら眠りに落ちていった。

                                      end.


バレンタインだよにくさかな!(違)
こういうSSはささっと書けて楽しいです。
炎雪にラブレター出したい!(読めずに瞑子に捨てられる(笑))
<'09.2.4>


ものおきへ
TOP