作成日: 07/09/28  
修正日: 08/09/14  

暗闇から-episode1-

ハードボイルド妖怪退治炎瞑小説(笑)


暗い路地から、人の言い争う声がかすかに聞こえてきていた。
寮に向かっての帰り道、横を歩いていた刃友が立ち止まり耳をすませている。
『メイ』
振り返らなくても普段は無口かつ無表情な彼女の瞳が輝きを増しているような、そんな気配がする。
『……仕方ないわね。いいわよ』
振り返りながら返事をした。思った通り赤銅色の瞳が炯々と輝いていた。
言いだしたら聞かない相棒なので、瞑子も半ば諦めの入った台詞を口にする。
どうせ何を言ってもムダなのだから、いちいち確認しなくてもいい気もするが、そこだけは何故かいつも律儀に声を掛けてくる。
『食べ過ぎないようにね』
『わかっている』
足音もたてずに暗く細い路地を先導していく炎雪の背中を見ながら、瞑子は密かにため息をつく。
寮の門限に間に合うかしらね…。

「おねえちゃん、カワイイなァ。俺たちといいことしようゼェ〜」
「…いやっっ!やめてくださいっっ!大声だしますよっ!!」
「おっと、そんなことさせるわけにはいかねえなぁ」
「なっ……!!むぐっっ………」
案の定、そこにはビル裏の暗い路地に似合いの光景が広がっている。
会社帰りのOLらしき若い女性を、チンピラ風の若い男が3人で取り囲んでいた。
不用意な発言をしたため、今彼女は後ろから羽交い締めにされて、さらに口も両手で塞がれてしまっていた。しかしなんとかじたばたと抵抗を続けている。
チンピラ達はこちらに背中を向けていたため、瞑子達が路地から現れたことに彼女がいち早く気がついた。
「!!……」
「…なっ。なんだお前達!!」
振り返ったチンピラ達が慌てたような声を出す。
「通りすがりのものよ。悪い事言わないから、おいたはやめて、さっさと帰りなさいな」
路地から現れた二人に、少し気圧されたようだったが、女二人とわかると途端に下卑た嫌らしい顔つきに戻る。
「なんだぁお前ら!正義の味方かなんかか??わざわざ遊ばれに来るなんておめでたいやつらだぜ、なあ!」
一番ふんぞり返ったチンピラが言うと、他の二人も口々にそうだそうだと囃し立てる。
「ねーちゃんたちも俺たちと仲良くしようぜ〜〜へへへっっ」
そういって近づいてきた一番ガタイのいい男が、炎雪の腕を掴まえようとするが。
『触るな』
腕に触れられる寸前に、後ろに移動した炎雪の蹴りが見事に背中に炸裂した。
どごっという音がして、男が悲鳴を上げて転がっていき、向かいの壁に激突して動かなくなる。見かけより柔な男だった。
「…だから言ったのに」
それに当たらないように同時に移動していた瞑子は、一応哀れむような台詞を口にする。
「!!〜〜てっめえ〜〜!!」
女性を後ろから羽交い締めしていた男が、血が上ったように、炎雪に飛びかかってきた。
炎雪は避けるでもなく、赤銅色の瞳で男を睨み付ける。飛びかかっている最中なのに、男は空中で一瞬ひるんで止まったようにスローモーションな動きをする。
その一瞬に、豪快に一歩踏み込んだ炎雪の掌打が顔面にヒットする。
「!!ぐああああっっっ!!!」
またもやどごっっというイイ音と共に男は地面に転がり、顔面を押さえてのたうち回る。
炎雪は剣も強いが、体術はさらにすごい。中国武術の基本は体なのでそれは当然かもしれないが。
そんな場違いな感想を抱きつつ、瞑子は残った一人に目を向ける。
「……あなたが首謀者ね。……間違いないわ、炎雪」
最後に残った一人は、先ほどまでのチンピラ風な軽さから一転して、どす黒い禍々しさを感じるほど雰囲気が変化している。
掴まえられていた女性も慌てて腕を振りほどき、瞑子達の方へ逃げてきていた。
「………邪魔しおって、愚か者どもが……」
声も先ほどの若者のものから、しわがれた老人のように変化している。
そして彼の周り、暗い闇にまとわりつかれた部分が、生き物のように蠢いているようにも見える。
「私たちの帰り道で面倒を起こすからいけないのよ。大人しく消えるか、逃げるかどっちか選びなさい」
その異様な雰囲気にも、さして驚きもせず瞑子は淡々と言い放つ。
炎雪は瞑子と男の間に立ち、油断なく相手を見据えている。
「……オロカナリ…ニンゲン…ドモ……」
最後の言葉を言い終わるやいなや、男の肉体は急激にふくれあがる。
周囲の闇が吸い込まれたように動き、黒く大きな影のような形に変わった。
この世の生き物とはかけ離れた姿だった。鼻面はトカゲのように伸び、頭に3本の角を持ち、腕には翼のなり損ないのような大きく太いトゲがいくつも生えていて、まるで大きな棍棒のようだ。
口にも大きな牙が見える。真っ黒な体躯に口の中と舌と目だけが赤く不気味に彩りとして残っていて、実体のない幻などではなく、肉体のあるものだと改めて認識できる。
逃げて後ろの電柱の影に隠れていた女性が息をのんだ。
間にいる炎雪の倍の大きさほどになった影は、大きく口を開け唸り始める。
「………炎雪!」
瞑子は背中に持っていた棒状の荷物の包みを解き、素早く炎雪に投げる。刀だ。
無造作に受け取った炎雪は鞘を抜き払い、これまた無造作に鞘を投げ捨てる。
現れたのは長穂剣。中国で一般的な両刃の剣だ。
刀身には一点の曇りもなく冴え渡った輝きを見せる。灯りの少ないこの場所でも眩く輝いて見えるようだ。
すっと剣を片手で水平に構え、もう片方の手は剣指と呼ばれる人差し指と中指を揃えた剣の形をとった。
『……行くぞ…』
ゆらり、と一瞬剣を構えた腕が動いたと思いきや、だんっ、と一跳びで恐ろしい跳躍力を見せた炎雪は、あっという間に怪物に襲いかかる。
グオオオーッッ!と突風にも似た咆吼を放った怪物は、両腕で剣を弾く。どうやら黒光りしている鱗状の肌は剣の攻撃を受け付けないようだ。一撃、二撃、三撃めも弾くと棍棒のような腕を振りかざして襲いかかる。
『……!』
炎雪は慌てた様子もなく、避ける動作の代わりに逆に怪物の懐に入り込んだ。
怪物が空振りした腕を再度恐ろしい速さで炎雪の頭上に振り上げ、振り下ろそうとした瞬間。
ゴガッッ!!!
一瞬、炎雪と怪物の間が光ったと思うと、怪物の巨体が大きく後ろにのけぞって、そのままガラガラと塀を崩しながら倒れる。
!!グゴガアアアーッッ!!
その後を、耳を覆いたくなるような轟音が響く。
怪物は巨体をのたうち回らせている。腹からシューシューと蒸気のような煙が上がり、腐臭が漂い始める。
炎雪の気がこもった掌打。炎雪の攻撃の切り札(エース)だ。
この世の理からはずれたものに対しては恐ろしい程の威力を発揮するのを、瞑子は幾度となく目撃していた。
シューシューと上がる蒸気の範囲は段々と広がり、怪物の身体を消滅させていく。
怪物も段々と動かなくなっていくが、こうなっても動ける事自体、普通の生物ではありえないことだろうと瞑子は思った。
「………」
後ろに飛び退いていた炎雪は、すたすたと無造作に怪物に近づき、倒れた怪物の胸のあたりを足で踏みつけて、蒸気をあげている腹に剣をざくりと刺す。
怪物のすさまじい咆吼がまた上がった。
『……お前はもう終わりだ。滅べ』
炎雪が最後の洗礼を与えるべく、もう一度剣を抜いて怪物の喉元に突き立てようとしたその瞬間。
怪物の目がカッと開き、黒い身体が一瞬のうちにふくれあがる。
「…なっ!!!」
目も眩むような閃光を発し、ふくれあがった身体が破裂した。
ただし、不思議なことに爆発音はない。
スローモーションのような画像が瞑子の視界に入る。
破裂した怪物の腕から、あの大きな金属状のトゲが無数にはじけ飛んでくる。
まずい。
時間にしたら一瞬のことだが、頭でそう考える前に、身体が動いていた。
横っ飛びして地面に転がる。
今まで瞑子がいた空間の地面に、鋭いトゲがいくつも刺さる。
頭をかばいつつ、瞑子は視線を炎雪から離さなかった。
炎雪は一瞬の隙も見せず、超至近距離から飛んでくるトゲを剣で叩き落としていた。
ガキキンッッと金属同士がこすれ合うような耳障りな音が聞こえてくる。
すべてかわした炎雪を見て瞑子は心の中でほっと息をつく。
が、そこに油断が生じた。
怪物の身体のあった場所に、不思議な影が出来ていた。
炎雪の赤銅色の瞳がその上空を凝視する。
そこには黒いソフトボールほどの球体が浮かんでいた。
「…あれは…?」
瞑子が黒い球体を認識した瞬間、それは攻撃を仕掛けてきた。
目にもとまらぬ速さで、怪物の腕に生えていたトゲ状の物体を生みだし、マシンガンのように発射してきたのだ。
『………!!』
一瞬油断したせいで、瞑子はとっさに動くことが出来なかった。
固いトゲがこちらに向かって飛んでくるのが、またスロー再生のように見えた。

瞑子のすぐ傍で、ガキンッと短く鋭く、甲高い金属音が響く。
目を開けて見ていたにもかかわらず、瞑子には何が起きたのかわからなかった。
トゲがまっすぐこっちに向かってきたのだ。普通なら当たっているはずだ。
思考が停止していた瞑子の目の前に、見慣れた身体が立ち塞がっていた。
見慣れているが、今日は制服姿ではない。何故だろう。
ふと、どうでもいいことを考えている事に気づいた瞑子は、やっと我に返った。
『……ふう…』
炎雪が大きく吐息する。低く膝をついた体勢から立ち上がった。
「…炎雪!?」
慌てて起きあがった瞑子の目に、地面に落ちているいくつかのトゲと、液体がしたたり落ちるのが見えた。
『…メイ、大丈夫か?』
「…大丈夫よ。どこもなんともないわ……」
自分の身体を確認しつつ立ち上がり、炎雪に視線を戻し、思わず息をのんだ。
炎雪の、剣を持った右腕から、血が滴り落ちている。怪物のトゲが刺さっているのが見えた。
『なっ…炎雪…!?』
瞑子のピンチを救ってくれたのはやはり炎雪だった。
瞑子に当たるはずだったトゲは、炎雪の剣で弾き返されていた。
しかも、弾ききれなかったトゲは、自分の身体で止めて。
「……炎雪……」
炎雪の腕に触れようとした瞑子は、炎雪がまだ上空を睨んでいることに気づいた。
『…炎雪……?』
『…食い損ねた。』
瞑子が炎雪の視線を追うと、黒い球体が青白い月夜の中に浮かび上がって飛んで行くのが見えた。

ーepisode2につづくー