Max Heart Blade 3.5

 ‥痛い。
どくん、どくんと心臓が脈打つたびにズキン、ズキンと痛みが続く。
いっそ心臓が止まった方が楽になるんじゃないかと思うぐらいだ。
痛む左肩を意識しただけで、痛みが脳天を突き抜ける。
あまりの痛さに、吐き気までして意識が遠くなりかける。
 玲・紗枝と仕合したAエリアからは、炎雪に背負われて何とか抜け出せた。
本当はこんなことになるはずではなかったのだが。
と、瞑子は自分自身をとりあえず納得させておく。
自分でも何故あんな事をしたのか、説明に困っていたからだ。
身体が勝手に動いた、とでも言えば良いのか。
別に説明を求められているわけではないからいいのだが、自分で納得しがたいものだったのだ。
 何故、といえば他にも不思議なことに、瞑子は炎雪に背負われていたが、動きの衝撃はほとんど感じなかった。
どういう動きをしているのか、痛みはほとんどないのだ。
こんな時でなければ、大いに気になって知りたくなるのだが。さすがに今は遠慮したい。
瞑子は、炎雪の背中でそんなことを考えたりして痛みを紛らわしていた。
だが、さすがに半端ではない痛みに、気が遠くなっていった。

『メイ、部屋に着いたぞ。』
 背中の瞑子に声をかけながら、炎雪は部屋に入る。
ベッドの下の段に、瞑子をそっと下ろして横たえた。
瞑子はすでに意識が朦朧としているのか、返事もない。
下ろした時の痛みもそれほど感じなかったようで静かだった。
『‥メイ。大丈夫か?』
 瞑子はうっすらと目を開けたが、返事はせずにまた目を閉じた。
炎雪は、瞑子の制服に手を伸ばし、胸元を寛げて楽にしてやる。
負傷した左肩、鎖骨の付近はかなり腫れ上がってきていた。
 骨折しているのかもしれない。
意識がはっきりしないのは、熱が出てきているからだろう。
 炎雪は、瞑子の額にかかる髪をそっと払う。
いつもは人を見下す冷たく美しい瞳も、閉じられたままだ。
 炎雪は立ち上がって、静かに部屋の外へ出た
 しばらくして、炎雪は手にペットボトルを持って戻ってきた。
そのままクローゼットの方へ向かい、中を漁って錠剤の束を探す。
 首尾よく探し出した錠剤を持って、瞑子の傍へ戻る。
「‥‥炎雪‥。」
気配に気づいたのか、瞑子は目を覚まして炎雪を呼ぶ。
『‥メイ、痛み止めだ。飲め。』
瞑子がどこからか独自のルートで手に入れた、市販されていない鎮痛剤。
市販されていないだけあって、かなりよく効く。
よく負傷する炎雪のために手に入れた薬だった。
骨折でもかなり楽になるはずだ。
 少し落ち着いたのか、先ほどよりは顔色がよく見える。
普段と違い、微熱を持った瞳は潤みがちで少し保護欲をそそる。
瞑子の表情を伺うと、飲む意思を表したので、炎雪は薬を瞑子の口元へ運ぶ。
薬を口にそっと含ませ、ペットボトルの水も一緒にゆっくりと飲ませた。
ごくりと喉が鳴り、一口嚥下する。
さらにペットボトルの半分ぐらいまで水を飲んだ。
「‥飲ませてくれないのね、炎雪は。」
一息ついた瞑子が口を開く。
『‥下手に動かすと痛いぞ。』
『‥少しぐらい痛くても、欲しい時もあるのよ。』
瞑子は自由になる右手を伸ばし、炎雪の頬に触れてくる。
 炎雪は、怪我の負担にならないように、静かに顔を瞑子に寄せる。
口づけも、とても静かで穏やかなものだった。
普段の動作や、強烈な剣戟を目の当たりにしている身としては少々あっけないほどに。
ただ、その壊れ物を扱うような中にも、炎雪が自分を大切にしてくれているという感覚が伝わってきて、嬉しかった。
暫くの間、戯れのような口づけを楽しんだ。
初めのうちは少し動くと痛みを感じていたが、それも今はなくなっていた。
 最後に、瞼に口づけて、炎雪が離れる。
名残惜しくて、炎雪の赤銅色の瞳を追う。
猫のように、くるくると表情が変わる瞳は、薄暗がりの中ではほとんど色彩がなかった。
ほんの少しだけ光る虹彩が、穏やかな夕闇を迎えた空のようだった。
見つめていると、わずかに瞳が細められる。
枕元に置かれた手に、額を優しくなでられた。
『‥メイ、少し眠るといい。』
『‥ええ。‥眠るまでここにいてね。』
『ああ。』
 促されて目を閉じようとしたが、ふと炎雪のいでたちが目に入る。
『‥‥傷だらけね‥。』
顔の擦り傷は言うまでもなく、袖や胴にもかなり傷がある。
酷いところは破れたり切れたりして、肌にも血が滲んでいた。
『掠り傷だから平気だ。気にするな。』
擦り傷も数が多いと熱を持ったりして負担になる。
瞑子がそう思い、口を開きかけると
『メイの方がどう見ても重傷だ。お前の方が落ち着いたら片付ける。』
気にするな、と再度念押しをされて、額にキスまでプレゼントしてくれる始末。
瞑子は、炎雪のあまりの大盤振る舞いに少し笑ってしまった。
『‥‥わかったわ。ありがとう。』
おやすみなさい、と小さな声で言うと。
「‥お休み、メイ。」
 炎雪は日本語で答えた。
瞑子は右手で炎雪の手をそっと握り、そのまま目を閉じた。
炎雪は、瞑子が眠りにつくまでその手を離さなかった。


 瞑子が眠って暫くすると、扉をコンコンとノックする音が聞こえた。
炎雪はベッドから離れ、扉の方へ向かう。
扉を開けると先ほどまで一緒にいた人物の一人。
「さっきはどうも、炎雪さん。氷室さんの具合、どうですか?」
祈紗枝だった。


 目を開けると見慣れた天井が見えた。
自室の自分のベッドからいつも見る、上の段の板だ。
辺りを見回すと、部屋は暗くなっていたが、灯りはついていなかった。
何時頃かはわからないが、すでに夜になっているようだ。
 よく眠ったからか、目覚めの気分はすっきりしている。
起き上がろうとしたが、身体に力が入らない。
そういえば、炎雪たちを止める時に肩を負傷したことを思い出した。
右手を動かして、顔の前で掌を閉じたり開いたりしてみる。
左側は、動かない。
ちらりと横目で見てみると、制服ではなく、緩い前開きの病室着を着せられている。
その中で両肩をそらすような感覚で、背中と首を通るベルトで固定されていた。
「‥これは‥。」
確か、鎖骨を折った時に使うベルトだ。
「‥‥まいったわね。」
しばらく生活に不自由しそうだった。
 右手で髪をかきあげてから、ぱたりと身体の横に投げ出した。
手が、柔らかいものに触れる。
炎雪の髪だ。
炎雪は頭だけこちらに預け、床に座っていた。
どうやら眠っているようだった。
 瞑子は柔らかい炎雪の髪を弄ぶ。
触っていると、すぐに頭が動いた。
『おはよう、炎雪。』
『‥メイ、起きたのか。』
こちらを向いた炎雪は身を乗り出して瞑子の方へ近づく。
『気分はどうだ?』
『‥ええ。さっきよりは良いわ‥。』
炎雪は手を伸ばし、瞑子の額に触れる。
少しひんやりとして気持ちがよかった。
『まだ少し熱があるな。』
『気持ち良いわ、炎雪の手。』
そうか、と言って、炎雪はしばらく瞑子の額を撫でていた。
鎮痛剤がまだ効いているのか、痛みはなかった。
 瞑子は改めて炎雪の顔を見上げる。
炎雪はいつもの服に着替えていて、顔の傷にも絆創膏や湿布が貼ってあった。
ちゃんと手当てしてあることに瞑子は安堵した。
 だが、少し気になったことを聞いてみる。
『ねえ炎雪、私の手当ては炎雪がしてくれたの?』
『‥いや。祈が医務室に連れて行ってくれた。』
 炎雪は、瞑子が眠ってから現れた紗枝に言われて、瞑子を背負って医務室へ行った。
そこで瞑子に処置をしてもらったのだ。
『鎖骨にヒビが入ってるそうだ。折れてなくてよかったな。』
『‥どれぐらいで治るのかしら。』
『1週間は絶対安静。その後2週間あれば治る。』
『‥そう。』
動かさずに固定していれば、鎖骨は勝手にくっついてくれるらしい。
『まあしばらく休むんだな。』
『‥そうね。どのみち動けないんだし。』
ため息をついて、瞑子は目を閉じた。
だが、すぐに目を開けて、瞑子は炎雪の瞳をじっと見る。
『ねえ。あなたの傷の手当は?』
『これか?メイが医師に手当てを受けているのを待ってる時に、祈がやってくれた。』
「‥‥‥。」
 瞑子は右手を炎雪の顔に伸ばすと、頬に貼ってあった絆創膏をいきなり剥がした。
ビッと音をたてて剥がされた絆創膏の傷から、新たに血が滲み出す。
『‥‥痛い。』
『‥私はそれの何倍も痛いわよ。』
 瞑子はそう言うと、横を向く。
眉間に皺を寄せて怒っている。
炎雪に見えない方を向きたかったのだろうが、左は向けないため、炎雪に見せる形になっていた。
『‥‥‥‥すまない。』
『‥‥‥。』
瞑子は掛け布団を頭まで被る。
『‥‥謝らないでよ。あなたが謝ることないわ。』
『‥メイ‥。』
『‥私が勝手に飛び込んだんだから。あなたには関係ない。』
 炎雪は怪我をしたことだけを気にしているのだろうが。
瞑子は、腹立たしさの理由が、そこにはないことが分かっていた。
だから謝られるのも嫌だった。
 本当は、こんなことで怒るなど、子供の癇癪と同じだとわかっている。
『‥関係なくはないだろう?少なくともお前は、私のことで傷ついてる。』
瞑子の耳に、淡々とした炎雪の声が届く。
 怒っているでもなく、憐れんでいるのでもなく。
聞いているだけだと、まったく感情が読み取れない。
読み取れないからと言って、炎雪に感情がないわけではない。
こういう時の炎雪は、とても微細な表情を作ることを知っている。
 今すぐ炎雪の顔を見たかった。
だが、そういう訳にも行かない。自分から隠れてしまったのだ。
 何故自分ばかり夢中なのだろう。
そう考えると余計腹立たしい。
もちろん炎雪のことは好きに決まっている。
炎雪だって同じだろう。そうでなければ抱かれたりしないし、抱いたりもしない。
それにしても、差がありすぎる気がする。
 瞑子はため息を一つ着いた。
炎雪は何も言わない。
だが、ふいに被っていた布団が剥がされる。
炎雪の赤銅色の瞳と目が合う。
どうしても魅入られてしまう。今は綺麗なオレンジ色だ。
泣きそうな自分が映っている、炎雪の瞳は。
「‥炎雪‥‥。」
『‥もう何も言うな、メイ。』
右肩をそっと押さえられ、炎雪の端正な顔が近づく。
目を閉じたすぐ後に、優しく口づけが落とされた。
もう何も言わなくても、すべて伝わっていく気がした。


つづく‥(笑)
このまま行くと突入しそうですけど、骨にヒビ入ってたら無理だよね(笑)
続きは近日UP!
<'09.1.16>


ものおきへ
TOP