本名 浮ケ谷克美
 昭和25年12月10日、東京都足立区で誕生した。
東京都立化学工業高校を卒業。その前年、昭和43年3月、
五代目春風亭柳朝に入門し、朝太郎芸名で前座となった。
5年後の昭和48年9月、春風亭一朝と改名して二つ目になり、
昭和57年12月、一朝の芸名のまま真打に昇進している。
 師匠の柳朝は、八代目林家正蔵(後、彦六)の総領弟子であり、
その柳朝の一番弟子が一朝である。
 昭和5年に没した三遊一朝は、名人圓朝の直門で、正本芝居噺などを
八代目正蔵に伝えている。亭号は変わっても、この功労者の芸名を
継ぐことが出来たのは、師匠以来、二代にわたる総領弟子の特権である。
 一朝は、早くから里神楽の稽古に励み、鳴り物のうち特に笛に才能を
発揮した。仲間が「笛吹き童子」という仇名をつけたのは、一朝の
天才的な笛の才能を認めたからなのであった。
 一朝の妻は、東京歌舞伎の脇役として人気のあった片岡市蔵の娘
である。若い時の一朝が、歌舞伎の鳴り物でアルバイトをしていたのは、
義父・片市の陰の力によるものだった。
 しかし、一朝は歌舞伎の修業も無駄にはしていない。現在、若手噺家ら
によって演じられる鹿芝居でも一朝は、役者・演出家・鳴物師として
大活躍している。今は亡き彦六や先代柳朝も、圓朝系の芝居噺や
鹿芝居が同門の若手によって継承されてゆくことをどんなに喜んでいる
ことだろうか。人情噺系のお家芸のほか、滑稽噺に本領を発揮するのは、
師匠の影響であろうか。
出囃子は「あやめ浴衣」

昭和59年度 国立演芸場花形演芸大賞 受賞
昭和60年度 若手花形演芸会芸術祭賞 受賞
平成元年、NHK水曜ドラマ「晴れのちカミナリ」で噺家役でレギュラー出演
現在、NHK時代劇ドラマ江戸ことば指導