司馬遼太郎記念館へ(3)

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 館内にはいると、壁面を覆う大書架
地下1階から地上2階までの、3層吹き抜け構造の壁を覆う。書棚が2,300以上、2万冊を超える書籍を収納。

 司馬遼太郎の頭脳に進入したような・・・。それでいて、何か温かいものにつつまれている感覚が・・・。来館者すべてが、そうなのか、心が何か幸福なものに満たされているような、得も言われぬやさしい顔なのです。みんな。

 言葉では言いつくせないけど、司馬遼太郎ファンなら、訪ねてみるとわかります。この気持ち。

 「来館者ノート」を読みはじめると、「ホールでビデオを上映します・・・」との案内。

 淡々と業績を伝える構成の記録であったが、そこから司馬遼太郎からのメッセージが伝わり、かつて読んだ作品のフレーズに頷きながら、涙をぬぐう。

司馬遼太郎記念館会誌創刊号司馬遼太郎記念館会誌第2号
 ホールを出て、再び「来館者ノート」を読もうとすると、すでにどのノートにも人が・・・。ということで、まずは館内の資料を、つぶさに見学。

 とにかく、すごい資料。著書のコーナーと、蔵書のコーナー。しかし、司馬遼太郎は「執着心」とはおよそ無縁であった人だから、作品を書くごとにごっそりと集めた資料は、作品執筆後には、さらりともとの世界に還してしまったようだ。

 いつか井上ひさしがどこかで書いていたが、「しみじみ日本・乃木大将」を書くために、神田の古書店に資料を求めたところ、すでに、「神田の古書街から乃木大将の史料がすべて消え失せた」状態となっていた。古書店のおやじさんの話によると、司馬遼太郎が総ざらえした後だったらしい。記念館で購入した、「司馬遼太郎図録」の開巻劈頭にも、井上ひさしの「司馬学校を夢見て」という一文があり、そのことについて触れている箇所がある。

 膨大な資料は現存するが、彼にコレクターのような趣味があろうはずもなく、すべては彼の頭の中。残っているのは、のちに必要となる本のみ。だから、作品の資料の体系は、形としては残っていないそうだ。

 どこかで、言語学者の藤堂明保博士の逝去をいたみ、「あの漢語の音韻はどこへ逝ってしまったのだろうか・・・」という趣旨の文章を読んだことがある。藤堂博士の頭の中にぎっしりと詰まった音韻の体系が、博士の死とともにこの世から去ってしまったということを司馬遼太郎が惜しんでいたのだが、司馬作品を構成する史料の体系についても同じことがいえるかもしれない。でも、それは作品として結実している。  




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