宣帝と儒者  
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<小説十八史略3--陳舜臣> p.82 より  ← 表示前のページにもどる ・・・・・・・  庶民生活を知っている宣帝は、前漢二百余年の諸帝のなかでも、とくに異色 の名君だったといえよう。 「そんなもので飯が食えるか」  宮廷のものものしい礼儀作法については、宣帝はそんなふうに冷笑した。飢 えの恐怖におののきながら、額に汗して働く庶民の中にいた彼にとって、何遍 頭を下げ、膝をどこまで屈めるとか、左手を上にするとか、吉拝と凶拝とはど う違うかといったことは、ばかばかしくてならなかった。  礼儀作法の指南番に高禄を与えるなど、宣帝にとっては、国費の無駄使いと しか思えなかったのである。 「昔は骨つきの肉は必ず左に、切り肉は必ず右に置いたものです。ところが、 いまの配膳法はその秩序を失っております。なにとぞ古法を復活しとう存じま す」  と、進言した儒者がいた。 「なぜ古法を復活しなければならんのだ?」  宣帝は冷ややかな笑いをうかべてきいた。 「それは、つまり、古法でございますから・・・・・」  儒者はそう答えた。 「なんでも昔のほうがよいと申すのじゃな?」 「はい、さようでございます」  儒者にとって、いにしえは理想の時代で、それに復帰するのが善であること は、あたりまえのことだった。誰もそれについて、疑問を出したりしない。宣 帝がそんな質問をしたことが、儒者には驚きだったのである。 「それでは、もっと昔に戻そうではないか。太古、人間は手づかみで物を食べ ておったという。どうじゃな、宮廷の宴会でも、皿や箸をやめにしては」  宣帝は唇のはしを、ちょっと曲げてそう言った。 「そ、それは・・・・・」  儒者は返答に困った。 「できぬであろう。ならば、古法に復することは、二度と口にするな!」  宣帝はきっぱりと言い放った。  骨つき肉と切り肉の扱いについて論議をすることなど、時間の浪費もよいと ころである。宣帝はその種の進言を聞くと、いらだってくる。そのたびに、か つて自分のまわりに漂っていた庶民の汗のにおいを思い出す。−人間が生きて いくというのが、どんなことであるか、儒者たちはまるで知らない。いらだち を通りこして、宣帝は儒者を憎むようになった。 「ものには秩序がございまして、人間にも序列というものがございます」  宣帝があることを下問するため、身分の低い役人を召し出そうとしたとき、 一人の儒者がそういって反対した。 「わかった」と、宣帝は言った。 − 「その序列をつくり直そう。役に立つか 立たぬか、朕のつくる新しい序列はそれに従う」  宣帝は序列のことを言った儒者を、昇殿の許されない低い地位におとし、下 問したいと思っていた下役人を、八百石取りの諫大夫という地位に高めた。  霍一族が滅びて、宣帝が国政を自分の色に染めることができるようになって から、儒家系統の官吏はつぎつぎと退けられ、法家すなわち現実的な実務派が しきりに登用されたのである。 『漢書』は宣帝を評して、 政事、文学、理学の士は、みな其の能力を精密に発揮し、技巧、工匠、機械 に至っては、これよりのちの元帝や成帝の時代もこれに及ばない。  とし、『中興と謂う可し』と結論している。 ・・・・・・・ 注 諫 大 夫(秦・漢) 諫議大夫(後漢〜元)                 ← 表示前のページにもどる 墨子の兼愛文字の種類形声文字転注・仮借補足説明筆順の強制漢字質問箱漢字家族HOME