漢字家族(語源,漢字,漢字の語源) (1)まえがき (2)漢字家族解説編(漢字をグループごとに解説) 藤堂明保博士の学説をわかりやすく紹介します。 ワードファミリー,語源,単語家族 トップ

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孟子と荀子


 孟子は「羞悪の心」「是非の心」などというが、いったい我々は何にむかむかと 腹をたて、何について身が縮む思いをし、何を是とし、何を非とするべきなのか。 その論が孟子には欠けている。相手のやり方が嫌いだといって、正しい見通しを非 だといわれて弾を腹にぶちこまれたりしてはたまらない。孟子および陽明学が、し ばしば日本の保守的闘士の情熱をかきたて、「浩然の気」だと称して自分の大言壮 語に酔いしれ、あげくのはては、とんでもない時代逆行の事件を起こした例は近ご ろでも少なくない。それはファシズムを助長するおそれを多分に含んでいる。ひと ことでいうと孟子の「性善論」には「政治と社会」についての正邪の観点が欠落し ており、何が社会の前進であり、何が退歩であるのか ─ という判断がしばしば 逆転している。

                ・・・・・ 【「武の漢字文の漢字」より】



 荀子は儒家全体からみると、その本流ではなかった。その中には、生きる欲望を、 やむをえないものとして是認するという、すぐれた唯物論の芽ばえがあった。しか し中国の歴代支配者はその点を無視して、むしろその教育論だけを利用した。漢の 董仲舒が儒教を「国の教学」に押したてていらい、「三綱五常」の教えによって子 弟をしめつけるのが、儒家教学の大方針となって近代にまで及んだ。その奥には荀 子流の押しつけやしめつけの主張が底流となっている。清末の譚嗣同が、

 「悲しいかな、悲しいかな。民生の厄は、なんぞやむ時あらんや。まさに思うべし、二千年来の政は、秦の政(の延長)なり。みな大盗なり。二千年来の学問は荀学なり。みな郷原(えせ人間)なり。大盗は郷原を利用し、郷原は大盗にこびへつらう」(仁学)

 と痛烈に攻撃したとおりである。もし荀子の「性悪論」をそのまま教育の畑に持 ちこめば、おそるべき「しめつけの教育」になってしまう。ことに不公正な社会の 体制のままで、その体制の枠にはまることを強制されてはかなわない。かつての二 千年来の儒家教学は、まさにその典型であった。  だが、荀子の門下から韓非子が育って、荀子に欠けていた社会的な観点を補った。 彼はいう。人口はネズミ算的に増えるが、食糧の生産はそれに追いつかない。世の 中がせち辛い「競争社会」になっていくのは当然の勢いである。さればこそ、社会 の仕組みを合理的に改め、官が権を代表して権を抑えるという、新しい社会に 切りかえていかねばならぬ。身分差別の横行する世は過ぎさった。公〜私はまった く利害あい反するものであって、公のためには私を犠牲にせねばなるまい。貴族で あれ、門閥であれ、あるいは私党を組む党派であろうと、それが公に対抗する私的 な力であるかぎり、容赦なく弾圧せねばならない(五蠹)と。 ここではじめて、社会公正をつらぬくための枠が「法」である、という考えが登場 した。この法家の説は、明らかに性悪論を継承するものだが、しかしそこでは、是 非の判断の基準が明らかとなった。「公(社会的平等)」をつらぬくものならば是 であり、「私(エゴ)」だけのためを図るものならば非なのである。  韓非子は「社会は進歩するものだ」「世の中の仕組みは変えるべきものだ」とい うことを認めたうえ、はなはだ実際的に是非、正邪の判定の基準を示したのであっ た。それは孟子のいう抽象的なお説法、つまり「唯心論」とは、雲泥の差があると いってよかろう。
                ・・・・・ 【「武の漢字文の漢字」より】


 「中道なるものこれと与にするをえずんば、必ずや狂狷ならんか。狂なる者は新取し、狷なる者は為さざるところあるなり」(『論語』・子路)

 「帰らんか、帰らんか! わが党の小子は狂簡なり。あざやかに章をなす。これを裁するゆえんを知らず」(『論語』・公治長)

 『孟子』はこの『論語』の一節を、彼の書の巻末ににおいて、ていねいに解説している。これまさに「圧巻」の名にふさわしいもので、彼はここに儒家のほんとうの魂を見たと思ったのであろう。

 「中道が得がたいとすれば、狂狷なる者とともに行動せざるを得ない。狂(むてっぽう)なる者は新取的であり、狷(へそ曲がり)なる者はこれだけは絶対にやらぬという操がある。・・・孔子はいった、『私の門を通り過ぎながら、中へ入ってこなくてもいっこうに残念だとは思わぬ相手、それはほかでもない、郷原(郷村のくそまじめ)だろう。郷原は、素直な人間性を賊なうものである』と」

 「郷原とはどんなのをいうのですか?」

 「この世に生まれたら、世の中に合わせていけばよい。うまく調子を合わせればどうにか過ごせる。外に衣を着せて、世の中に媚びるもの、それを郷原というのだ」

 「郷党の者すべてが、あれはまじめ人間だ、というようなら、どこへ行っても原人(円満居士)として通るでしょう。それなのに、孔子が素直な人間性を賊なうものだといって悪んだのはなぜですか?」

 「それを誹ろうにも手がかりがない。刺そうにも刺すテがない。そして流俗に同調し汚世に合わせている。じっとそこにおればいかにも忠信に似ており、何かを行えば、廉潔らしく見える。人びとはそれを喜び、当人自身も是認している。だがこれではとても堯舜の道には入れない奴らである。孔子は『似て非なる者を悪む』といった。孔子が郷原を悪むのは、それが有徳者とまぎらわしいからである」

 郷原の「原」とは、正しくは「愿(原の下に心)」と書く。
原 = 丸 = 頑(まるい)という意味であるから、いかにも丸やかな円満居士頑固派を郷原というのである。政界の良識派、大学の教師、それらはすべていわゆる「郷原の徒」であり、「学識経験者」などと呼ばれるお偉い方がたは、すべてその代表である。孔子はそれを心から悪んだ。そして孟子は、「郷原」を悪み、「狂簡」を愛する魂をまともに受けついだ。ここに『孟子』が儒家左派の源流として評価されるゆえんがある。
 『論語』の中にのぞいている、「狂狷新取」を愛して「保守常識派」を悪むという精神は、しだいに反主流派の伝統となっていった。孟子は根本の姿勢が左派であるから、彼の論調はかなり造反的である。

 民を尊しとなし、社稷はこれに次ぐ。君を軽しとなす。この故に丘民(山野の人民)に得られて、天子となる。

という有名なスローガンは、その裏で、君主が人民に奉仕せぬときには、それを倒してとりかえよ、という「易姓革命」を鼓吹したものである。人民に拾われた者が天子となるのだから、人民に捨てられた者は「一夫紂を殺す」がごとくに殺してよろしい。それはなにも「天子」を殺したという、大それたことにはならない。
 この関係はまた諸侯(大名)とその家臣との間にもあてはまる。

                  ・・・・・【「賢者への人間学」より】


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