教育とは? -- 教

※「言葉の系譜」藤堂明保より引用---

 人間そのものの価値は、原則として対等である。その人の肌の色・出身・身分・貧富の 差などは問題とはならない。こういう人権宣言をアジアにおいて高々とかかげた最初の先 覚者は孔子であった。

 早く生まれたおかげで、経験において「一日の長がある」ならばそれを「先生」と呼ぶ。おそく生まれた年少者は「後生」と呼ぶ。そこには生活の長さの違いがあるだけで、同じ年月を積めば「後生畏るべし」というほどの進境をみせるかもしれない。青年の夢を育てよ。これが孔子学団の師弟の関係であった。

 こうして先生と後生との間には不断の交流が行われる。それが教という動作である。

 という字は「攴(動詞の記号)+音符(爻+子)」からなる。このあとの部分は「メメ+ 子」からなり、重要なのは「メメ印」の個所である。これはいうまでもなく、××型に 次々とクロスすることを示す。つまり交流のと全く同じコトバである。

 親と子の間における暖かい交流を(一方交通ではありません)といい、先生と後生の間における知恵の交流をというのであって、交―孝―教は、すべて同系のコトバだと考えてよい。教の字の右側は、改―政―攻などの右側と同じく、広く動作を表す記号である。つまり教とは、「不断の交流を行う動作」なのである。

 いっぽう育とはどういう意味であろう。

(後略)

・・・「育−するりと抜け出る」の家族の解説をお楽しみに!

 「言葉の系譜」藤堂明保より引用しました。

もどる