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資料 春秋戦国時代の中国の思想


U 法 家

 戦国時代末期 列国間の競争が激化 ─→ 封建体制では対応しきれない
 封建国家の機構そのものを合理化する必要
 合理化のための新しい原理 = 法

  従来の封建国家 忠孝の道徳、義理人情
          (人間的なもの=非合理的なもの)
      ↓
      ・・・ 機械的・形式的に運用できる 

1 
韓非子

 ・道徳に対する、法の優位 ― 古代と現代はちがう

   儒家の説くような道徳による政治などというものは、人口が少なく
  て生活が楽であった古代でこそ効果をあげたのであり、これは今日の
  ように人口が増加して生存競争の激しくなった時代には通用しない。

  昔の人間に道徳心が強かったというのは、財が豊かであったためであ
  り、今の人間が財を争うのは、道徳心が低下したためではなく、財が
  乏しくなった結果である。このような激しい時代においては、道徳は
  無効であり、もっぱら法によって治めるほかはない。

  それにもかかわらず、儒家のように古代の堯や舜の聖王の時代に有効
  であったという理由から、いつまでも道徳政治の必要に固執するのは、
  時代の変化を知らないものである。
  これは「
守株の愚」を繰り返すものである。


 聖人は、昔行なわれたことをくりかえそうとはせず、また昔から行なわれてきた習慣に従おうとはしないものだ。現在の世の実情を論じ考え、そしてその対策を考える。

 宋の国の人で、田を耕している者があった。そのたんぼの中に、木の切り株があった。そこへ兎が走ってきて切り株にぶつかり、首すじを折って死んでしまった。そこで(この男は)自分のすきを投げ置いて切り株 を見守り、もう一度兎(がぶつかって死んだらそれ)を手に入れようと切望した。(しかし)兎は二度とは手に入れることができず、(かえって)自分自身は宋の国じゅうのもの笑いになってしまった。

 今の世に、昔の王たちの行なった政治の方法によって現代の人民を治めようと願うのは、みな「守株」の話と同類なのだ。



 道徳は本質的に私的なものであり、国家の公共性とは相反するものである。


 むかし魯の国の兵士で、戦場に出るといつでも逃亡するものがあった。孔子が不思議に思ってその理由をたずねると、その兵士は「私の家には年老いた父がありまして、私が死ぬと養うものがなくなるからです」と答えた。そこで孔子は「これは感心な親孝行ものである」とほめ、魯の君主に申し上げて表彰してもらった。そこまではよかったが、その後というものは魯の軍隊が戦場に出動するたびに、兵士たちはいっせいに 逃亡するようになり、魯国はとうとう衰えてしまった。



  NO.2

・道徳教育は不可能


 人間のもつ道徳性は、寿命の長短などと同じく先天的に決定されたものであり、人為によっては変えられないものだ。

 たとえば、聖人の伝記を読んで、自分もこのようになりたいと願うのは全く無意味なことである。それは毛嬙や西施のような美人をながめて、いくら美しいと感動してみても、自分の面相は一向によくならないのと同じである。

 それよりも家にかえって、紅や白粉をつければ、少しは見られるようになる。その紅や白粉に相当するものが、すなわち法である。法は人間に悪事をさせないようにするもの、つまり人工的な善人を作るものである。



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