ばかげた筆順の強制
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<ばかげた筆順の強制>  ※関連資料 『宣帝と儒者』  ※筆順の5原則 漢字テストのふしぎ(リンク貼替)

 漢字教育の根本は、「ことばの仲間」をしっかりとつかませることにある。しかるに今日の教育は、筆順だの筆画の形だのという、些末のことにとらわれて、根本を忘れているのではないか。
 私たち戦前の教育は、片仮名から始まった。

・・・ 中略 ・・・

 ところが、戦後は片仮名がすみに追いやられて、まず平仮名から習い始める。そこで筆順の基本に慣れる機会がなくなった。だが、細かい点になると、昔から筆順に固定した型があったわけではない。戦後、ある書家の書かれた筆順によって「筆順の手引き」なるものが作られたが、それはこの書家ひとりの書きくせにすぎない。また、手引きはあくまで一つの例であって、けっして「万世の法」「万人のきまり」ではない。
 学習の基本は「類推を働かすこと」であるから、同じ部分は同じ筆順で書くのが原則である。という字を一から書き始めるなら、という字も横線から書けばよい。今の教室でむり強いしているような、右の字はノから、などという道理はどこにもない。という字は、心になぞらえて、あとからノをそえればよい。まん中から始めねばならぬ道理はどこにも存在しない。
 手引きの基になったある書家の筆順は、多分に行書に引きずられたきらいがある。「手引き」が戦前からの慣行に反して、異を唱えたために、どれだけ親と子どもを苦しめたことであろうか。ただでさえ覚えにくい漢字に、筆順を覚える負担を加えたのはお役所である。左−右、心−必・・・・・・類推がきく場合にまで、それに逆行する特例を持ち込んだ。いっぽうお役所の「手引き」を万世の法と受け取る教師の側にも、「教師の魂」が欠けていたのであった。


<誤った字形教育>

 ややこしい筆順の押しつけと並んで、教育を悩ませているのは、字形の細部をやかましくいう風潮である。
 昭和24年4月、「当用漢字字体表」が公布されたとき、時の国語審議会は、今日みるような事態が起こることを心配して、字体表のあとに「使用上の注意事項」をつけた。そして「この表の字体は、活字のもとになる形であるから、筆写(楷書)の標準とする際には、点画の長短・方向・曲直・つけるか離すか・止めるかはねるかなどについては、必ずしも拘束しない」と断っている。
 書くときには筆の勢いがともなうから、活字と違ってくるのが当然である。ところが教育の現場では、この「注意事項」があることを知らず、の字の上は「短い線で書け」、の字の下は「はねるな」、という字のタスキは「上へ出すな」などと、子どもに強制する。書取の採点は虫メガネで----という前代未聞の珍事が生じて、子どもは漢字を書くのがおっくうになるばかりである。
 漢字は全体としてその態を成せばよい。止めるかはねるか、どの程度にそらせるかなどは、個人の好みの問題であり、やかましくいう方が狂っているのである。役所ではこんど「標準字体」なるものを公表したが、いったい何を「標準」というのであろうか。だがここにも日本の教師が「おかみ」に弱いことが浮き彫りにされている。ほんとに情けない。

・・・ 後略 ・・・

 1981年8月1日 藤堂明保

 『漢字の話U』(朝日新聞社 1981年9月10日 第1刷発行)


  ※渾沌注:藤堂博士は、別のところ(『漢字の過去と未来』岩波新書)で、
 この一因として・・・ -- 教育現場の忙しさがあげられる。雑務は管理職がひっかぶり現場の教員に時間を与えよ -- という趣旨のことを述べています。
 今、資料が手元にないのでアップできません。是非『漢字の過去と未来』をお読みください。
@nifty 投票:漢字を筆記する場合の「正しい筆順」はあると思いますか?
いわゆる「正しい筆順」について(4)


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2003年4月13日 11:34 カウンター設置