さようなら長野電鉄屋代線                                        2017.03.09 更新

 屋代線列車に「さようなら」マーク
 3600系L2編成に屋代線さよならマーク
 屋代線:全13駅(駅舎・駅名板)
 屋代線:屋代→松代
 屋代線:松代→須坂
 屋代線トンネル(長野電鉄最後のトンネル)
 屋代駅での撮影会イベント
 屋代線試運転列車
 信濃川田駅での車両解体
 急行志賀号(国鉄からの直通急行)  
 信濃川田駅に保存車移動
 千曲市の屋代駅と須坂市の須坂駅を千曲川に沿って走る屋代線は、大正11年6月に当時の河東鉄道(屋代〜須坂)として開業以来、多くの人々や物資を輸送してきました。路線名は、河東鉄道と長野電気鉄道株式会社が合併し河東線(屋代〜須坂〜木島)の一部して長く親しましてましたが、平成14年に屋代線に変更されました。
 昭和30年代から昭和50年代までは、国鉄から直通の急行列車が運転されたり貨物輸送でに賑わいを見せましたが、国鉄の特急列車増発による急行列車の廃止や車社会の浸透で、国鉄直通急行や貨物列車は姿を消し同時に乗客も減少しました。平成5年からは、ワンマン運転で合理化等を図りましたが、2001年4月1日に廃止となった河東線の信州中野〜木島間(木島線)の後を追うように、10年後の2011年3月31日に屋代線の屋代〜須坂間も運転を終了し、翌4月1日に廃止となりました。
2000系D編成引退ツアー 屋 代 線 最 終 日  急行ゆけむり号(屋代線)
屋代線ファイナルツアー  その後の屋代線(2017.3.9更新)

・木島線(2002年4月廃線)
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  河東線(屋代〜須坂〜信州中野〜木島)の一部として、木島線の通称で信州中野から木島まで12.9キロを結ぶ路線でした。最盛期には、長野から直通の特急・普通列車が運転されていましたが、晩年はワンマン運転で信州中野から木島間の区間運転が主となりました。
 廃線後は、旅客輸送は代替バス輸送に変わり、線路跡は一部が赤岩バイパスとして道路に転用されました。
 
思い出の木島線(2002年廃線) 木島線最終列車