25A系  


25A系解説
 1976年の文化大革命終了後、中国といわゆる西側世界との交流がはじまります。中国独自の技術だけでは客車の性能向上に限界があると悟った中国国鉄も、この時期より積極的に西側世界との交流を開始し、その技術の習得に努めるようになりました。例えば1986年には川崎重工より10両の軟座車(RZ25)を輸入し広州-深セン間に投入しています。またイギリスからは、軟臥車RW25-0形客車を数両輸入しています。こうした西側からの技術及び、それまでに国内で蓄積した25系に関するノウハウを併せて作られたのが90年に登場した25A系客車です。

 25A系は主に南方地区で長距離運用に就くため、硬座、硬臥、軟臥、餐車が製造されました。また、南方用ということで当時はまだごく限られた車輌にしか搭載していなかった空調装置を設置することになりました。空調に供給する電源は、24系客車のように車軸式発電機ではなく、当時広州〜深セン〜香港間で運用されていた25系客車を範に取った空調発電用の電源車から給電する集中電源式を採用しています。このため上記四車種のほか、電源用の特殊車(TZ2形※後に空調発電車KD25Aに改称)も製作されています。車体構造はそれまで製作されていた25系客車を基本としていますが、屋根高さが従来の25系客車の4285mmから4433mmへと拡大され、車体部品には外国産のものを多用し、あわせて西側諸国の客車を研究することで得られたノウハウも生かして各種改良が加えられています。

 25A客車は、合計168両が製作されたため別名「168」客車と呼ばれています。この「168」客車が、その後製作されていく全ての25系客車の派生形の基礎となったため、中国の客車史の中で「168以前」「168以後」など時代を区切るための単語として使われるなど、製造総数こそ少数ですが、後の中国客車に与えた影響は計り知れないものがあります。

 この25A系、登場時は25A系のみで揃えられた整った編成で走っていましたが、現在は編成を解かれて各地へバラバラに分散配置されてしまいました。北京地区では直系の後輩にあたる25G系列の編成に数両づつ組み込まれて、主に山東編成へ向う快速列車で運用されています。その他、西安局、武漢局などに分散配置されています。


DATA

製造年 1990年
車体長  25500mm
車体幅  3104mm
車体高  4433mm
自重    43t
定員    128
硬座車 YZ25A 339538 北京機務段
  25A系列の硬座車です。
 シートピッチは1520mmで定員は128名。車体長が延びたことにより22系客車の硬座車より10名定員が増加しました。


DATA

製造年 1990年
車体長  25500mm
車体幅  3104mm
車体高  4433mm
自重    45.8t
定員    66
硬臥車 YW25A 661605 臨汾站
 25A系硬臥車です。
 後に登場する25G系、25B系の基礎となった車両で細部の寸法が多少異なりますが基本的には25G系、25B系の硬臥車と同一構造となっています。


DATA

製造年 1990年
車体長  25500mm
車体幅  3104mm
車体高  4433mm
自重   
定員    36
軟臥車 RW25A 550215 臨汾站
 1990年に6両製造された25A系軟臥車で、やや横長の開閉可能な窓を持つのが外観上の特徴。
車内配置も後の軟臥車と異なりトイレは車両の1端に2室配置(後の車両は両端に1室づつ)。コンパートメント1室あたりの横幅は2070mmと、後の車両に比べ50〜90mmほど広くなっています。


DATA

製造年 1990年
車体長  25500mm
車体幅  3104mm
車体高  4433mm
自重    46t
定員    48
餐車 CA25A 890354 月牙河(天津)臨時站
 25A系の食堂車です。
 天津〜漢口の普快列車(1155/56次)に連結されていました。

DATA

製造初年  1990年
車体長  22000mm
車体幅  3105mm
車体高  4285mm
自重    63.5t
空調電源車 KD25A 997625 北京機務段
25A系客車の電源車で997625〜997634までの10両が存在します。製造時は特殊車に分類されTZ2形を名乗っていましたが、後に空調電源車に改称されました。
車内にはトイレ、乗務員用の休憩室、配電室、機器室、冷却室を備えています。
機器室にはドイツ製ディーゼルエンジン3基、シーメンスのライセンス生産品の出力320kwのブラシレス発電機3基を備え、三相交流で各車両に電源を供給します。